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第42話(きなり)
欲が満たされない状態が続くと、DomもSubも体に支障が出てしまう。
俺は客に突っかかられても拒否してしまうから良くないんだろう。
体と心に挟まれて苛立つ俺を戻してくれるのは、いつもマスターの声だ。
客に大人しく従っていれば、マスターの手を煩わせることもないのかもしれない。
「本当は、俺だけでなんとかしたいんだけどさ」
「え……?」
「ふーくんの盾になって、辛くなってから俺に頼るでしょ。そんな事、させたくないよ」
少し傷ついたようなマスターの表情。
何も言えずにいると、マスターの手が俺の頬に触れる。
冷たい指先が、きゅっと頬を軽くつねった。
「正直きーくんを苦しめる奴は嫌いだし、二度と店に入れたくない。あんな奴に心を乱されるきーくんを、見たくない」
「マスター?」
「辛い状況から解放してあげられるならって我慢してたけど、やっぱり俺……」
指が離れて、それが後頭部に回される。
ぐっと引き寄せられたかと思うと、目の前が暗くなった。
「きーくん、俺のものになってよ」
マスターの胸に響いた声が、俺の耳に届く。
いつになく真剣な声色に戸惑って、心臓が大きく鳴る。
……マスターは、俺のことが嫌じゃないのか。
面倒だとは、思っていないんだ。
そう思うとホッとして、少し間を開けてから気付く。
マスターに嫌われたくないと思っていた自分に。
嫌われたくないのは、分かったけど。
「マスター……俺、分からないです」
俺はこのまま、マスターのものになっていいのか。
俺の相手をしているうちに、気持ちを錯覚しているんじゃないかって。
いつか、俺への気持ちは同情だって、冷めてしまうかもしれないって。
「俺で、いいんですか。間違いじゃ、ないですか?」
「間違いって……俺の気持ちは勘違いなんかじゃないよ。ちゃんと向き合って出した答えだから」
その言葉に、心が射抜かれる。
誰かにちゃんと想われるのが、こんなに嬉しいなんて。
「マスター、は……俺を……」
聞くのが怖くて、つっかえる言葉。
もう一歩進めれば簡単に落ちてしまいそうな心をギリギリ抑えても聞きたいことがある。
急かさずに待つマスターの呼吸が深くて、それを感じていると少しずつ心臓が落ち着いてくる。
「俺を、道具にしないですか?」
「っ! ……しないよ」
「俺を他の人に見せて、使わせたりしないですか?」
「他の人に触れさせたりするもんか。俺が、俺だけがきーくんを大事にするよ」
嫌な記憶が頭を過って、勇気が出なかった。
でも、この答えを聞けたから。
だから怖がらず、マスターに落ちていける。
「俺、マスターのものになります」
マスターの腰に手を回して、ぎゅっとしがみついた。
この人のものになる覚悟を決めたから。
俺もちゃんと、愛される努力をしなきゃいけないんだ。
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