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第43話(あさひ)
――…
ある日の仕事終わり。
ふーちゃんは仕事が休みで、“今日は美容院に行ってからお家に行きます”なんて画像つきの可愛いメッセージが入ってきていたところだった。
帰りに一緒に帰るからと、時間を埋めるために向かうのはACCUEILLIR。
ベルを鳴らしてドアをくぐれば、あっとマスターが笑いかけてくれた。
「いらっしゃいませ、美作さん。お仕事の帰りですか?」
「はい。ふーちゃんが美容院に行ってるから、その間ここで待っていようかと」
席についてぐるりと見回すと、お客さんの入りはまばら。
賑わう時間を過ぎているお陰で、マスターと話ができそうだった。
ホットコーヒーを頼むと割とすぐに出てきて、マスターが目の前でカップを磨き始めた。
「マスター、お話ししてもいいですか?」
「えぇ。俺も美作さんとは2人で話したかったんですよね」
にっこりと微笑まれて、思わずこちらもにやけてしまう。
特に決まった話題がある訳ではなかったのでマスターに任せると、顔を近づけて小さく言った。
「Dom同士の話でもしませんか?」
「……いいですよ」
「良かったあ。こういう話って恥ずかしくて出来ないんですよね」
あまりにも明るくそういうもんだから、本当に恥ずかしく思ってるのか?と感じてしまうけれど。
キョロキョロと周りを気にしているところを見ると、どうやら本当なんだろう。
うーんと、と話し出すマスターは、なんだか思ったよりも幼く見える。
「美作さんは、ふーくんのこと随分可愛がってますよね」
「まぁ……可愛い子ですから。ずーっと褒めて甘やかして、俺の元に置いておきたいって思ってます。俺ってこんなに人に執着するんだって、初めて知りました」
「俺は、支配欲は愛情だと思っています。それだけ思いが深いってことですよ」
「そう思えば、この気持ちともうまく付き合えそうです……マスターはパートナーっているんですか?」
俺がそう聞くと、マスターは今まで見てきた笑顔よりももっと深い、穏やかな顔を見せた。
「しばらく1人だったんですけど……つい最近、やっと伝えられました」
「マスターも、その人のことがすごく大事なんですね」
「えぇ。絶対に離しませんよ」
「はは、それだけ聞くと怖いですよね」
離さない、と言ったマスターの顔は先程と変わらない笑みを浮かべたまま。
きっとその人を思っているであろう視線は、少し熱っぽくて大人の雰囲気がした。
「あ、そう言えば! 美作さんって、どんなプレイが好きなんですか」
クルッと変わった話題と、直接的なその言い方にむせてしまう。
この人は一体何を……ちらりと周りを伺うけれど、どうやら聞こえてはいないらしい。
今度は俺の方が声を潜めて、顔を寄せた。
「お、俺は……俺の言うことを素直に聞いてくれるのが好きです。基本的に手は出さないですかね」
「道具も使わないんですか?」
「痛めつけるためにはあまり……ただ、自由を奪うのは嫌いじゃないですね」
ほうほう、と興味深そうに相槌を打つマスターに、こっちが恥ずかしくなる。
何を言わされてるんだろう……顔に集まる熱を逃がすように、手で扇いだ。
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