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第52話
「さっき出たお客さんに、困ってるというか」
「何かされたの?」
「嫌がらせじゃないんですけど、好みのタイプ聞かれたり、かわいいって……言われたり。フリーかどうか、も」
聞くだけで押してこないから平気かな、と思っていた。
僕が乗らなければそのうち諦めてくれるだろうって。
話の合間に相槌を打っていたあさひさんだけど、何となく反応が鈍い。
「さっき、は……伝票置くときに、手を触られて」
あの妙な暖かさを思い出して、体が強張る。
すると、あさひさんは手の甲を親指でそっと撫でてくれる。
あの人とは違う、あさひさんの暖かさ。
「ふーくんから話があったので、最近はきーくんが接客するようにはしていたんですけれど……すみません、今日は休んでいて」
「ごめんなさい、あさひさん。黙っていて……」
心配そうだけど、ちょっと怒ったようなあさひさんの瞳。
そのうち収まると思っていたから話すことないと思っていたんだ。
それにお店の中のことだし、マスターもきなりくんも助けてくれていたから。
「本当は1番に知りたかったな……でも、話してくれてありがとう。今まで頑張ったんだね」
「っ、ごめんなさい」
「いいの。一人で抱え込まなくて良かった」
あさひさんの目から怒りは消えて、柔らかくなる。
あさひさんの言葉にうんうんと頷くマスター。
きっと、前までの僕なら一人で何とかしようと思っていたかもしれない。
でも今は、頼れる人がいる。
怖いことを話しても、受け入れてくれる人がいる。
「今までは店の中だけで、手も出してなかったみたいだけど……触れてきたなら、怖いな」
真剣な表情で、あさひさんはそう言う。
手に触れてきたこと、そして何より怖かったのは。
「あの……あと、もう一つあって。あさひさんとの会話も、聞いてたみたいで」
「俺との会話?」
「あさひさんに話したおすすめを、自分も頼むって」
今までだって他の人におすすめを話していたことはあるのに。
ピンポイントであさひさんとの会話だけ。
もしかして、あさひさんのことがバレて……
そうだとしたら、矛先はあさひさんに変わるかもしれない?
そう思うとゾッとして、かくんと足の力が抜ける。
マスターが咄嗟に背を支えてくれたけれど、とても立っていられない。
「ふーくん、あさひさんと一緒に控えで休んできな?」
「でも……」
「今日は入りが少ないから、何とかなるよ。まずは元気になってから。ね?」
マスターは僕とあさひさんを控え室まで連れて行ってくれた。
しばらく居ていいと言われ、僕は座らされたソファーに体を倒す。
「ふーちゃん……」
泣きそうな顔をしたあさひさんが、ソファーの横にしゃがんで目を合わせてくれる。
心配をかけたくないのに、何でこんなに体が言うことを聞かないんだろう。
「大丈夫です。ちょっと、想像しちゃって」
「……怖いこと?」
「あの人が、あさひさんに危害を加えるようになったらって。そんなの、耐えられないです」
あさひさんが傷つけられるところなんて、見たくない。
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