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第54話(千博)

扉の窓からチラリと見えた2人の姿にホッとしながら、先程のお客様のことを思い出す。 ふーくんを傍で見て、ただ純粋に好きで想いを伝えるのとは明らかに違う。 想いは直接的なのに、邪魔の仕方は少し遠回し。 気付いたことを知らせるにしては、脅しにも見えるからタチが悪い。 客としても人としても面倒だな、と感じざるを得なかった。 この事を、家で休んでいるきなりに伝えるべきか。 2人で一緒にふーくんを守っていたけれど、恋人という立場では少し複雑な気持ちだ。 きなりだって、ずっと強い子なわけじゃない。 意外と気分の浮き沈みが大きいし、それを自分で嫌っているし。 それでもふーくんの前では頑張ろうとするから、(はた)から見ていて心配になる。 その頑張った分の甘えを、自分から俺に見せてくれる訳がなく…… 上手く吐き出させないと、と決意したのは最近のことだ。 使える立場は正しく使わないとね。 見舞いのついでに少し話すか、と思い立ったところで来客のベルが鳴った。 今はまず仕事、と気持ちを引き締めて笑顔を向ける。 * 「マスター、休ませていただいてありがとうございました」 1時間経った頃に控えから顔を出したふーくん。 青い顔ではなくなったけれど、まだ表情は暗く、どことなく辛そう。 流石にこのふーくんを働かせるわけにはいかないな。 「いいのいいの。まだ辛そうだね……今日はもう、美作さんと帰りな」 「でも、まだ時間が……」 「ま、臨時休業ってやつ? そう何回も出来ないけど、フル稼働してるのしんどいからさ」 俺もきーくんのお見舞いに行きたいし、と付け足せば、ぎこちないけどふーくんが微笑む。 ふーくんの背を支えていた美作さんは、その顔を見て顔を綻ばせていた。 「すみません。あの、片付け……」 「俺がしておく。ほら、帰った帰った」 「……ありがとうございます。また、明後日からよろしくお願いします」 「はーい。ゆっくり休んで」 2人は頭を下げて、揃って帰っていく。 ふーくんを支える美作さんの手も表情も、全部が柔らかくて。 美作さんの想いの強さを目の当たりにした気がする。 ふーくんの優しさに、優しさを返してくれる人で良かった。 暖かくなった胸を撫でた後、表の看板を下げて片付けをしていく。 早く帰りたいけれど、仕事はきちんと終わらせないと。 1人の店は、あまりにも静かで寂しい。 BGMを止めるのは最後にしておけば良かった、と少し後悔する。 頭の中できなりを思い浮かべれば、寂しさも紛れるだろうか。 なかなか見れないレアな笑顔が頭を過ると、自分の口元が緩んでいくのが分かった。

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