54 / 91
第54話(千博)
扉の窓からチラリと見えた2人の姿にホッとしながら、先程のお客様のことを思い出す。
ふーくんを傍で見て、ただ純粋に好きで想いを伝えるのとは明らかに違う。
想いは直接的なのに、邪魔の仕方は少し遠回し。
気付いたことを知らせるにしては、脅しにも見えるからタチが悪い。
客としても人としても面倒だな、と感じざるを得なかった。
この事を、家で休んでいるきなりに伝えるべきか。
2人で一緒にふーくんを守っていたけれど、恋人という立場では少し複雑な気持ちだ。
きなりだって、ずっと強い子なわけじゃない。
意外と気分の浮き沈みが大きいし、それを自分で嫌っているし。
それでもふーくんの前では頑張ろうとするから、側 から見ていて心配になる。
その頑張った分の甘えを、自分から俺に見せてくれる訳がなく……
上手く吐き出させないと、と決意したのは最近のことだ。
使える立場は正しく使わないとね。
見舞いのついでに少し話すか、と思い立ったところで来客のベルが鳴った。
今はまず仕事、と気持ちを引き締めて笑顔を向ける。
*
「マスター、休ませていただいてありがとうございました」
1時間経った頃に控えから顔を出したふーくん。
青い顔ではなくなったけれど、まだ表情は暗く、どことなく辛そう。
流石にこのふーくんを働かせるわけにはいかないな。
「いいのいいの。まだ辛そうだね……今日はもう、美作さんと帰りな」
「でも、まだ時間が……」
「ま、臨時休業ってやつ? そう何回も出来ないけど、フル稼働してるのしんどいからさ」
俺もきーくんのお見舞いに行きたいし、と付け足せば、ぎこちないけどふーくんが微笑む。
ふーくんの背を支えていた美作さんは、その顔を見て顔を綻ばせていた。
「すみません。あの、片付け……」
「俺がしておく。ほら、帰った帰った」
「……ありがとうございます。また、明後日からよろしくお願いします」
「はーい。ゆっくり休んで」
2人は頭を下げて、揃って帰っていく。
ふーくんを支える美作さんの手も表情も、全部が柔らかくて。
美作さんの想いの強さを目の当たりにした気がする。
ふーくんの優しさに、優しさを返してくれる人で良かった。
暖かくなった胸を撫でた後、表の看板を下げて片付けをしていく。
早く帰りたいけれど、仕事はきちんと終わらせないと。
1人の店は、あまりにも静かで寂しい。
BGMを止めるのは最後にしておけば良かった、と少し後悔する。
頭の中できなりを思い浮かべれば、寂しさも紛れるだろうか。
なかなか見れないレアな笑顔が頭を過ると、自分の口元が緩んでいくのが分かった。
ともだちにシェアしよう!