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第57話(きなり)
「少しずつ要求がキツくなっていく彼女には、気付いてたんだ。でも、好きでいてくれるならそれで良かった」
ぽつりとそう言うと、あの時の気持ちがストンと落ち着く。
そうだ、その時は好きでいて欲しいと必死だったのかもしれない。
「ある日、彼女に言われたんだ。“この人達と遊んでよ”って。俺より背が高い男が、3人いて……っ、明らかに、俺の事……」
ぐわんぐわんと目の前が揺れる気がして、ぎゅっと目を閉じる。
嫌だ、ここまで来て止めたくない。
俺が1番“怖いこと”を、話さなきゃいけない。
必死に眩暈をやり過ごそうとしていると、千博さんが頭を撫でてくれる。
カチカチだった体がふっと緩んで、ほっと息をついた。
「彼女に、助けを求めても何もしてくれなかった。俺の事好きだって言ったのに、他の人にされてても笑ってた……俺は、好きな人にしか、見せたくなかったのに……っ」
自分の気持ちをさらけ出した恥ずかしい姿なんて、誰にも見せたくない。
大好きで、俺のことを受け止めてくれるって信じているからやっと見せられるのに。
好きが故の行動だとしても、「やめて」と声を出してもただ笑うだけの彼女に恐怖しか感じなかった。
「それからすぐに別れた。もう好きだなんて思えなかった。その分……怖いことが、増えたんだ」
「……きなりの怖いこと、聞いてもいい?」
そっと目を開けて、千博さんの顔を見る。
辛そうな顔をしているのに、無理に笑おうとしている。
そんな顔をさせているのは俺だ。
だから、その顔をやめてなんて言えない。
「その時にされた事……ピアス開けたり、刃物出したり。痛いの嫌じゃないけど、刺さるものは嫌い。まるで俺の声が聞こえないみたいに物扱いするのも嫌だ。ちゃんと、答えて欲しい……っ、俺の言葉、聞いてほしい。それに、本当は知らない人の言うことを聞くのも怖いんだ。何されるか分からなくて、でも、言うこと聞かないと酷くされるかもしれないし」
そう話している間に、涙が溢れていた。
どんどん溢れてきて止まらないそれに焦っていると、千博さんが俺の手を握る。
「教えてくれてありがとう。いいよ、涙は止めなくて」
「ごめんなさい、怖い事いっぱいあって……ごめんなさい……っ」
ずっと、好きな人の前では我慢していた。
俺が耐えていれば、相手は喜んでくれるから。
でも、彼女と別れてから言葉だけでは強がるようにしていた。
そうしていなければ、本当は臆病な自分が崩れて立ち上がれなくなりそうだったから。
「きなりが弱虫なのは、よく知っているよ。でも、それは悪いことじゃない。弱い自分に負けないように頑張っているきなりだから、俺は好きになったんだよ」
力強く覆いかぶさって抱き締めてくれる千博さん。
かけている布団より、熱で上がった自分の体温より。
俺を守ってくれる千博さんが、1番暖かい。
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