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第59話

それから数日。 風邪から回復したきなりくんは僕よりもピリピリしていた。 そんなきなりくんを、少し呆れながらも優しく見守るマスター。 「文弥くん、何かあったらすぐ俺らに言って。それと、今日もアイツが来たら全部俺に任せて」 「う、うん……ごめんね、きなりくん」 「いーんだよ」 眉間にしわを寄せながら、口角だけニッとあげたきなりくん。 申し訳ない気持ちもあるけれど、今は頼れるきなりくんがいる事に安心している。 マスターが言うには、僕を探して店の前をうろつくあのお客さんの姿を何度か見たらしい。 明らかに来店の頻度が高くなり、僕が居ないと分かるとすぐに立ち去るのだそう。 先日のあさひさんとの様子を見て、彼も大胆に行動するようになったのではないかとマスターは話していた。 その後僕には言わなかったけれど、マスターときなりくんが裏で話している場面を聞いてしまった。 『実際の彼氏を見ちゃったんなら、内心穏やかじゃないだろうね』 『今後はよりしつこくなりそうだな、ああいう奴って』 そう真剣に話すマスターと、不安そうに声を出すきなりくん。 2人とも、僕の不安を煽らないようにしてくれていたんだ。 だからせめて、2人に守られている今のこの空間では、安心をちゃんと見せなきゃ。 不安は絶えないけれど、それだけじゃどうしようもない。 守ってくれる人がいる、自分でも立ち向かおうとしている。 だから僕は、大丈夫。 そう信じていれば、本当に大丈夫になれる気がした。 * 瞬く間に時間は過ぎ、お昼時も落ち着いてきた頃。 ふらりと窓ガラス越しに見えたあのお客さんの姿に、一瞬だけ動きを止めてしまった。 「……きなり、くん」 思わず洗い物をしていたきなりくんの元に向かって、彼の袖をつまみながら縋ってしまった。 「……あぁ。文弥くん、交代しよっか。アイツが来なかったらフロアもよろしく」 「ごめん、ありがとう」 きなりくんは微笑んでカウンターの向こうに行き、ドアの方に目を向けていた。 僕は洗い物を始め、ドアが開くベルの音に耳を集中させる。 待つ間、ばくばくと心臓がいやに大きな音をたてていることに気がついた。 実際の時間は、ほんの数秒だったのかもしれない。 カランカランとベルの音がして来客を告げた。 足音は1人だけ、ゆっくり近づいてくるそれに、息が詰まってくる。 その時、ふときなりくんの声がした。 「カウンター席にどうぞ」 なんで、と体が動かなくなる。 目の前にお客さんが来る気配がして、皿を持つ手が震えた。 視線があげられないまま必死に息を殺していると、お客さんが静かに席に座る。 「ホットミルクティーください、ふーちゃん」

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