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第64話
翌日、平日の午前中はかなり空いていた。
空き時間にメニュー表を新しく書き換えていると、マスターの笑い声が聞こえてきた。
「ふーくん、随分ご機嫌だね」
「え、僕なんか……顔に出てましたか?」
「ううん。あれ? 鼻歌歌ってたの気付いてないんだ」
マスターにそう指摘され、顔に熱が集まる。
自分でも知らない間に鼻歌が漏れていたらしい。
「……今日、あさひさんも夕方頃には仕事が終わるみたいで……その、夕飯一緒に作るって約束してて」
「ふーん。ふふ、楽しみなんだね」
昨日の夜、珍しくあさひさんが「俺も料理作りたい」って言ったのだ。
時間に余裕のある今日ならゆっくり教えられると思って提案したら、あさひさんはかなり喜んでくれた。
まだメニューも決まっていないから買い物も2人で行って決めようか、なんて。
どこにでもありそうな日常の約束が、こんなにも嬉しい。
頭の中で何を作ろうか案を探していると『これがいいな』『こっちもいいかも』なんて止めどなく溢れてくる。
「美作さんって料理出来んの?」
「うーん、経験はほとんどないみたい。あんまり危ないこともして欲しくないし」
「……あ、そっか」
手袋で守られてはいるけれど、怪我をしたら大変だ。
なるべく安全に出来るもの……と考えていると、からんからんと来客のベルが鳴る。
これからの楽しみは頭の隅に置いておきながら、仕事モードに切り替えた。
_*…
「ごめんね、2人とも! 鍵よろしく!」
営業終了後、マスターはバタバタと慌ただしく会議に向かう。
僕ときなりくんはマスターを見送ってから、それぞれ仕事を分けて締めにかかっていた。
「レジ締めた、後は?」
「掃除終わって明日の準備……あ、担当の看板替え忘れてた!」
「そうだった……ごめん」
「いいよ、鍵締めまでやっておくからきなりくんは先に帰ってて」
渋々という顔できなりくんは頷き、お疲れ様ですと着替えに行く。
その間僕は表に出す担当の店員の看板を取り替えて、ふーっと息を吐いた。
最後に改めて1つずつ指差ししながら確認する。
全ての仕事を終え、鍵を閉めて家路を急ごうとした時だった。
「お疲れ様。今日は早いんだね、文弥くん」
後ろから聞こえてきたその声に、思わずびくりと身体が固まる。
なんで、と声にならない思いを抱えたまま振り返れば、薄く笑みを浮かべた懐かしい顔のお客さんがいた。
「今日は、もう……閉店なので」
すみません、と通り過ぎようとした。
その時腕を強く掴まれて、お客さんとの距離が縮まる。
「せっかくだし、この後ちょっと付き合ってよ」
ね? とニコニコしているお客さん。
でも、その目の奥に強い怒りが見えて、僕は思わず足がすくんでしまった。
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