68 / 91
第68話(あさひ)
*_…
仕事を終えて家に帰っても、ふーちゃんが家に居ない。
帰宅の連絡も入ってなく、『もうすぐ帰る』と送ったメッセージは未読のままだ。
遅くても15時には帰ります、と昨日は言っていたのに。
家で出迎える気満々な笑顔が可愛かったのを、今でも覚えている。
胸騒ぎを抑え込みながら、まだ店にいるかもしれないと思い立つ。
迎えにいくのはいつもことだ、と早足で目的の場所に向かった。
*
店に着いてすぐ、明かりがついていないのを見て落胆した。
この暗い中に人はいないだろうし……と思いながら窓から店内を覗いた時だった。
暗闇の中に人が蹲っていて、不規則に体が震えている。
慌てて中に入って聞こえてきたのは、苦しそうな泣き声。
子供みたいに声を上げて、咳き込みながら必死に息を吸っている。
その声はよく知ったふーちゃんの声で、心臓の音がドクドクと早く大きくなっていく。
「ふーちゃん……文弥?」
そう呼びかけながらそっと背に触れると、ふーちゃんはびくりと身体を揺らして振り返った。
涙でぐちゃぐちゃの顔には、ありありと恐怖の感情が浮かんでいた。
「い、いやっ! ごめんなさい、ごめんなさ……あさひさん、やだ。離れて。僕、だめ……悪い子だから、いやぁ……ごめんなさい、許して」
「文弥……大丈夫だから、ね?」
「やだ!!さわっちゃダメ……っ、許して、ごめんなさい……おいてかないで、捨てないで! そばに……いて」
随分とパニックになっているふーちゃんを抱きしめると、手が胸元に当てられる。
言葉では拒否するけれど、身体にはほとんど力が入ってなくて押し返してもこない。
逆に縋っているように見えて、ちぐはぐな言動に俺もかなり混乱していた。
それでも、ふーちゃんが言った『置いていかないで』の言葉には敏感になる。
決めたセーフワードだけれど、今はきっと意味が違う。
「大丈夫だよ、置いていかないから。遅くなってごめんね、文弥。もっと早く迎えに来てあげられたらよかったね」
「あ、ぅ……ごめん、なさい。ぼく、ちゃんと帰ろうとしたの……でも、夜月さんが……や、こわい……っ、怖かった。怖かったの、あさひさん……!」
やっと落ち着き始めたと思ったら、今度は怖かったとぽろぽろ涙を流すふーちゃん。
それでも幾分か静かになってきたので、そっと背を撫でながら言葉をかけ続けた。
「そっか、怖かったのか。よく我慢したね、がんばったんだね……もう大丈夫だよ、俺が来たから。一人で頑張らなくてもいいんだよ」
「……うん……ぁ、あさひさん……あさひさんも、一緒にいてくれるの? も、我慢しなくて、いい?」
「うん、いいよ」
「そっかぁ……」
そう呟くと、ふーちゃんはかくりと力を抜いた。
くたくたになった身体を抱き上げて、早く家に帰ろうと決意をした。
……それでも、少しだけ怖くて膝が笑っていた。
これがサブドロップかもしれない、と脳裏を過ってずっと心臓が煩いままだ。
それでも、青白いふーちゃんの涙に濡れた顔を見ると、俺がしっかりしなければと奮い立たせることが出来た。
ともだちにシェアしよう!