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第68話(あさひ)

*_… 仕事を終えて家に帰っても、ふーちゃんが家に居ない。 帰宅の連絡も入ってなく、『もうすぐ帰る』と送ったメッセージは未読のままだ。 遅くても15時には帰ります、と昨日は言っていたのに。 家で出迎える気満々な笑顔が可愛かったのを、今でも覚えている。 胸騒ぎを抑え込みながら、まだ店にいるかもしれないと思い立つ。 迎えにいくのはいつもことだ、と早足で目的の場所に向かった。 * 店に着いてすぐ、明かりがついていないのを見て落胆した。 この暗い中に人はいないだろうし……と思いながら窓から店内を覗いた時だった。 暗闇の中に人が蹲っていて、不規則に体が震えている。 慌てて中に入って聞こえてきたのは、苦しそうな泣き声。 子供みたいに声を上げて、咳き込みながら必死に息を吸っている。 その声はよく知ったふーちゃんの声で、心臓の音がドクドクと早く大きくなっていく。 「ふーちゃん……文弥?」 そう呼びかけながらそっと背に触れると、ふーちゃんはびくりと身体を揺らして振り返った。 涙でぐちゃぐちゃの顔には、ありありと恐怖の感情が浮かんでいた。 「い、いやっ! ごめんなさい、ごめんなさ……あさひさん、やだ。離れて。僕、だめ……悪い子だから、いやぁ……ごめんなさい、許して」 「文弥……大丈夫だから、ね?」 「やだ!!さわっちゃダメ……っ、許して、ごめんなさい……おいてかないで、捨てないで! そばに……いて」 随分とパニックになっているふーちゃんを抱きしめると、手が胸元に当てられる。 言葉では拒否するけれど、身体にはほとんど力が入ってなくて押し返してもこない。 逆に縋っているように見えて、ちぐはぐな言動に俺もかなり混乱していた。 それでも、ふーちゃんが言った『置いていかないで』の言葉には敏感になる。 決めたセーフワードだけれど、今はきっと意味が違う。 「大丈夫だよ、置いていかないから。遅くなってごめんね、文弥。もっと早く迎えに来てあげられたらよかったね」 「あ、ぅ……ごめん、なさい。ぼく、ちゃんと帰ろうとしたの……でも、夜月さんが……や、こわい……っ、怖かった。怖かったの、あさひさん……!」 やっと落ち着き始めたと思ったら、今度は怖かったとぽろぽろ涙を流すふーちゃん。 それでも幾分か静かになってきたので、そっと背を撫でながら言葉をかけ続けた。 「そっか、怖かったのか。よく我慢したね、がんばったんだね……もう大丈夫だよ、俺が来たから。一人で頑張らなくてもいいんだよ」 「……うん……ぁ、あさひさん……あさひさんも、一緒にいてくれるの? も、我慢しなくて、いい?」 「うん、いいよ」 「そっかぁ……」 そう呟くと、ふーちゃんはかくりと力を抜いた。 くたくたになった身体を抱き上げて、早く家に帰ろうと決意をした。 ……それでも、少しだけ怖くて膝が笑っていた。 これがサブドロップかもしれない、と脳裏を過ってずっと心臓が煩いままだ。 それでも、青白いふーちゃんの涙に濡れた顔を見ると、俺がしっかりしなければと奮い立たせることが出来た。

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