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第77話
翌日、仕事に向かう準備をしながら、新たに加わった習慣に笑みが漏れてしまう。
まだ硬い革の首輪をつけて、あさひさんに行ってきますと声をかけて。
「今日も行くね」なんて言われると、いつだって嬉しくなる。
「午後から雨らしいので、傘忘れないでくださいね」
「分かった、ありがとう」
そう言ったあさひさんから額と首輪にキスをもらって、あさひさんの家を出た。
*
仕事場に着くと、嫌でも昨日のことを思い出す。
ちゃんとマスターときなりくんにも伝えなければいけない……でも、一人では心許ない。
あさひさんは僕の気持ちを汲んで、閉店後に一緒に話すと約束してくれた。
大まかな事はマスターには伝えてあった。
それでも、お店としての対応も考える為に詳細も伝えなければいけない。
ごめんね、とマスターは言っていたけれど、謝らなければいけないのは僕の方だ。
「おはようございます。マスター……すみませんでした」
「おはよう、ふーくん。身体はもう平気?」
「……はい」
「それなら良かった。でも、今日はあまり無理をしないこと」
いいね、と念押しされて素直に頷く。
優しすぎるくらいの気遣いを無下にする訳にもいかない。
更衣室に向かうと、きなりくんが先に来ていた。
僕に気付くとすぐに近づいてきて、じっと顔を見つめている。
「きなり、くん……おはよぉ」
「……大丈夫なの?」
「うん。マスターから聞いた? ごめんね、迷惑かけて」
「俺は心配してるの、迷惑じゃない。それに……大丈夫ならいい」
いつも以上に素っ気なく、きなりくんは足早に更衣室を出る。
不機嫌そうにも見える様子に不安を抱えたまま開店の準備をしていると、マスターがそっと耳打ちをしてきた。
「ごめんね。きなりさ、昨日すごく心配していたんだ。顔見なきゃ安心出来ないって言ってて……多分、今ほっとしてるけどあのお客さんに苛立ってて、気持ちの整理がついてないんだと思う」
「そうだったんですね……」
「少し待っててあげて。時間が経てば戻るから」
僕はコクリと頷いて、止まっていた手を動かした。
きなりくんは、僕の以前のパートナーとのことを知っている。
だから余計に心配にさせてしまったのだろう。
「あ、ふーくん! 言い忘れてた!」
一度キッチンに入ったマスターが、思い出したように顔を覗かせる。
それから、にまっと笑った。
「良かったね。素敵なCollarだ」
そう言って首元を指差す。
マスターの意図に気が付くと、知らぬ間に顔が綻んでいく。
「はい。とっても……幸せです」
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