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第78話

空が暗くなり始めた昼下がり。 人の入りは少なく、雨が近づいていることが分かる。 窓の外に広がる厚い雲を眺めていると、入口のベルが控えめに鳴った。 そこには、傘を閉じてひらひらと手を振るあさひさん。 グレーのジャケットに、カーキのグローブ。 朝とは違う姿を見て、やっぱり良く似合うなぁ……なんて。 「いらっしゃいませ」 「どうも。ミルクティーとホットサンドお願いします」 迷わずカウンターに座って、立てかけてある黒板を見てすぐに注文を決めたあさひさん。 おしぼりと水をとりに行くのと一緒に、マスターに伝える。 「お仕事、あがったんですね」 「うん。いつにも増していいコンディションだって、褒められてきたよ」 「……良かった、です」 「いいコンディション」と口にしたあさひさんは、指でつんつんと掌を指す。 言わんとしていることが理解出来て、思わず照れてしまう。 手の調子が良いのは、昨日のケアだけでは無いだろうに……あさひさんはまるで僕のおかげかのように笑いかけて報告してくれる。 「……何すか、その締まりの無い顔」 「きなりくん! その……仕事、上手くいったんだって」 「そうなんですか、良かったっすね。文弥くん、向こうの人会計っぽい」 いつも以上にツンとしているきなりくんが、コーヒーを持ってキッチンから出てきた。 その時にちょうどお客さんが立ち上がり、会計に向かっている。 レジに移りカウンターから離れると、ボソボソと2人が話している声が聞こえる。 はっきりとは聞こえないのが、少しもどかしい。 お客さんを見送ってからカウンターに戻ろうとすると、入れ違いでまたお客さんが入ってきた。 「いら、しゃい……ませ」 消えそうな声を何とか絞り出して、僕は夜月さんを見る。 嫌だとか怖いとか、そう思う気持ちもあるけれど……何より大きいのは、腹立たしさ。 「あ、有明さん元気でした?」 「すみませんお客さん、ちょっとこちらにどーぞ」 何もなかったかのように、笑顔で話しかけてくる夜月さん。 口を開こうとした僕を庇うようにきなりくんが前に立ち、カウンター席へ。 夜月さんが案内された席の隣には、あさひさんがいる。 「きなりくん……?」 「ごめん、美作さんに頼まれた。文弥くん、マスターに言ってキッチン引っ込んでて」 きなりくんにそう言われ、半ば強引にキッチンに入れられた。 何事かとキョトンとするマスターに、僕は夜月さんが来たことを伝える。 「……きーくんは、表出てる?」 「はい、カウンターに2人がいるので、多分傍に……」 「分かった。ごめんね、きーくんも呼んでくるから2人で待ってて」 マスターはすぐにカウンターに出て、きなりくんを呼ぶ。 僕らは2人並んで、キッチンの隅にある椅子に腰掛けた。 「……美作さんって、ちゃんとDomだったんだね」 「え? どういう事?」 「いや、何でもない。めちゃくちゃ腹立ってたけど、ちゃんと文弥くんのこと大切にしてるんだって分かったから……許す」 「……ふふ、それは良かった」 相変わらず唇を尖らせたままだけれど、いつもの調子になってきたきなりくんに、思わず笑みが溢れてしまった。

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