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第79話(千博)
カウンターに出た瞬間から、ビリビリと肌を刺す雰囲気を感じた。
影に隠れていたきなりをキッチンに入れて、俺もそっと傍から美作さんと夜月さんの様子を覗く。
ミルクティーを飲んでいた美作さんは夜月さんを一瞥して、にっこりと笑いかけた。
「こんにちは」
「……こんにちは。他に客はいないのに隣なんて奇遇ですね」
「えぇ、本当に。折角なのでお話でもしましょうか」
互いに牽制している、居心地の悪い空間。
しかし、何かあれば止めるのは勿論、店としての対応もしなければいけないからここを離れるわけにはいかない。
「お話ですか。じゃあ、昨日の可愛いSubの話でもしましょうか」
「どんな人だったんですか?」
「ははっ、健気に悲鳴も上げず、我慢出来なかった泣き声だけを漏らす子でして。どうやら仮のパートナーはいるようでしたが……Collarが無いということは、フリーと同じ。ちゃんと可愛がってあげましたよ」
よくもまぁそんな事を、と虫唾が走る。
頭の先から爪先までどこをとっても気に入らない。
美作さんは笑顔を貼り付けたままだけれど、確実にGlareは強くしている。
「パートナーがいると分かっていながら手を出すなんて、行儀が悪いですね」
「そうですか? ClaimしていないDomが悪いと思いますけど」
「まぁ、そのDomにも非はありますね……」
そう言って頬杖をつく美作さん。
その様子を見て、勝ち誇ったように夜月さんが鼻で嘲笑う。
「では……今度は私の話をしてもいいですか?」
「勿論、どうぞ」
背もたれに体重をかけ、夜月さんは美作さんの話を促した。
「昨日、私のパートナーで、恋人で……大切な人が、どうやら見知らぬDomに酷く傷付けられてしまったんです」
「……へぇ?」
「門限までに帰ってこなくて探しにいったら、サブドロップでパニックになっていたところを見つけて。あまりにも痛々しくて……」
美作さんの手に、力が籠る。
眉間にシワも刻まれて、微かに声が震えていた。
「人のものに手をつけた挙句、アフターケアさえしないDomの風上にも置けない奴に手をつけられたことがこんなに腹立たしいなんて……知らなかったんですよ」
「そ、そんなのがいるんですね……」
「いるんですよ。躾がなっていない、欲に振り回される低劣なDomが」
「そんな、こと……っ!」
「私はSubを敬うことが出来ないDomがこの世の中で1番嫌いなんですよ」
チラリと横目で、美作さんが夜月さんを見る。
美作さんのGlareに押されて余裕が無くなったのか、夜月さんはびくりと肩を震わせる。
「……見つけたら、二度と手を出せないように釘を刺そうと思っているんです」
何か知ってたら教えてくださいね、と手を差し出した美作さん。
夜月さんはその手から逃げるように席を立って店を出て行った。
「あれー美作さん、お客さん帰しちゃったんですか?」
「あぁ、すみませんマスター。俺は別に話がしたかっただけなんですけどね」
ふふ、と笑う美作さん。
そこにはもうGlareの影は見えない。
「お陰で常連が1人、消えちゃいましたよ」
「……それは良かったです」
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