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第80話

「二人とも戻っておいで。もう大丈夫だから」 キッチンのドアから顔を覗かせたマスターが、にこやかにそう言う。 僕はすぐに立ち上がって、カウンターにいるあさひさんの元に駆け寄る。 ミルクティーを飲んでいたあさひさんは、僕の顔を見ると体を向けて手を広げてくれた。 迷わず、僕はその胸に飛び込む。 「あさひさん……っ、何もされていないですか? 嫌な思い、しなかったですか?」 「ん、平気。こてんぱんにしたからね、ちょっとスッキリしてる」 「……ありがとう、ございます」 明るく、少し戯けた声のあさひさん。 何があったのかはちゃんとは分からないけれど、何かを隠したいのは分かった。 それなら、明かさずにいよう。 「もう、あの人から嫌なことはされないよ。それに……“コレ”もあるからね」 あさひさんの指先が、僕のcollarを撫でる。 僕の、あさひさんのものである証明。 これがあれば誰だって寄せ付けない、簡単に奪わせたりしない。 何より大きな、僕の自信。 「あさひさん……好きです」 唐突な僕の言葉にも、あさひさんは「なぁに」なんて言いながら額にキスをしてくれた。 「はいはい、二人ともめでたしだけど今仕事中ね」 にこやかな顔のまま、きなりくんに肩を回したマスターが近づいて言葉を挟む。 我に返ると、あさひさんに浸ろうとしていた自分を見られていたことに気がついた。 ニコニコのマスターと、少し頬の赤いきなりくん。 あさひさんと目が合うと、お互いなんだが気まずくなって照れながら離れた。 カウンターの内側に戻り、あさひさんとはまたお客さんの距離。 「まぁとりあえず、閉店までもう少しですし。ゆっくりしていってください」 「はい……また、あとで」 マスターは「お客さんが来たら教えて」と言い残して、きなりくんと一緒にキッチンに戻っていく。 あさひさんはその後ろ姿を見つめながら、思い出したように声を上げた。 「マスター! ホットサンド頼んでたの、お願いしますね!」 あさひさんの注文に、マスターは「はーい」と気の抜けた返事をする。 料理が出てくるまでの数分は、雨の音を聴きながら二人何も言わずに近くにいた。 言葉を重ねるだけじゃない、視線が合うだけで感じる安心。 あさひさんがパートナーで、恋人で、本当に良かったと心からそう思った。

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