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第82話
それから雨のせいもあってお客さんの入りは少なく、気付けば閉店の時間が近づいていた。
洗い物や清掃は粗方済んでいて、あとは看板を下げて細々としたチェックをして……
マスターときなりくんも、各々出来るところから締めにかかっている。
あさひさんは邪魔しちゃ悪いからと、端の席に移っていた。
終わったら昨日のことを話すことになっていた。
でも、あの後マスターはキッチンから出てきてすぐ僕とあさひさんに告げた。
「あのお客さんね、きっともう来ないと思うんだけど……もし来たら、お店としては極力入れない方向で。対応は俺がするからさ」
マスターは僕の肩に手を置き、にこやかに「以上!」と続けた。
それ以上の話はないと言われても、まだうまく飲み込めていないけれど……
恐らく、夜月さんが来た時に話が出来たのだろう。
あさひさんも心配ないと言っていたから、信じていいと思えた。
*_…
閉店後は、あさひさんと一緒に家に帰る。
あさひさんの家に今日も泊まることになっていた。
夜月さんのことでうっかり忘れそうになっていたけれど、明日は僕の誕生日だ。
日付が変わる瞬間も一緒にいたい、なんて言われたら頷くしかない。
自分の誕生日を誰かと一緒に迎えるなんて、初めてだった。
家に着いてから夕飯の準備をして、並んでテレビを見て、ゆったりと夜を過ごしていた。
こんな風に、普通に二人の時間を重ねていることが嬉しいと思える。
お風呂は僕の方が先に入って、あさひさんと交代する。
あさひさんを待つ間、テーブルに手の保湿剤やオイルを出しておいた。
それを見て、お風呂から上がったあさひさんはチラリと僕を見る。
「……ふーちゃん、今日もお願いしていい?」
あさひさんの問いに、思わず息を飲んでこくこくと頷いた。
それからすぐ、あさひさんが座ったソファーの下にKneelをする。
「言われなくてもKneel出来るなんて、いい子。さすが俺の文弥」
「……ありがとう、ございます」
あさひさんの指が、僕の顎先を撫でる。
すべすべとした指先の感触。
あ、今のあさひさんは手に何もつけていないのか。
「あさひさん、さわってくれた……」
「うん。ちゃんと撫でてあげたかったから」
「もう、手袋してなくてもいいんですか?」
「気にならなくなった。文弥に触れるのも、触れられるのも……体温を感じられる、こっちがいい」
僕の両手をとって、あさひさんは優しく握り込む。
無意識に僕に触れただけではなくて、ちゃんと意図してやったもの。
あさひさんの素手への恐怖心も、もうかなり小さくなったみたいだ。
「うれしい」と言葉が漏れたようで、あさひさんは暖かく微笑んでくれた。
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