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第83話(あさひ)
「じゃあ、今日もお願いしようかな。まずは、化粧水を馴染ませて」
ふーちゃんにそう言うと、こくりと頷いて準備をする。
今日もスペースに入りそうだな、なんて予感して口元が緩む。
幸せそうに俺の手を見つめるふーちゃんは、この上なく愛くるしい。
「うん、上手。次は……覚えてる?」
頷きながらオイルを取って、合っているか伺うように見上げるふーちゃん。
「正解」と言うと、ゆるゆると笑顔を見せてくれる。
オイルを手に広げる様子を見つつ、ふーちゃんにマッサージの順も伝える。
ふーちゃんは言われた通りに、丁寧に進めていく。
スペース中のふーちゃんは、とにかく緩い。
基本表情が穏やかで、時折甘えるように伺う顔をすることもある。
動きはすこし緩慢になるけれど、言ったことには頑張って応えてくれる。
俺に指示されることが好きで、出来たあとは俺を見てにーっと笑って、褒められるのを待つ。
ほとんど言葉でのやりとりはないけれど、その分表情がくるくる動くのが可愛らしい。
これが俺に全てを任せている姿なのだと思うと、嬉しくて仕方がない。
尽くして甘えたいふーちゃんの性分が、包み隠さず明かされている。
Domとして、全幅の信頼を寄せられている今、最高の瞬間だ。
「Good boy .後はクリームを塗ってくれる?」
言われた通りハンドクリームを塗り、ふーちゃんは満足そうに俺の手を見る。
「よし、じゃああとは手袋したらおしまいだね」
「……や」
蚊の鳴くような声で、ふーちゃんが言った。
スペースに入っている時の抵抗なんて初めてで、戸惑ってしまう。
かく言うふーちゃんは俺の顔を見て、目に涙を浮かべている。
「何が嫌かな……手袋するの、嫌?」
ふーちゃんはふるふると首を横に振る。
他に何か……と考えていると、ふーちゃんは俺の手ではなく足にしがみついて「や、ぃや……」と繰り返す。
必死に引き止める姿に、はっと思い浮かんだことを言う。
「“おしまい”が嫌だった?」
「っ、ん……」
何度も頷くふーちゃんが愛おしくて、思わず言葉を失ってしまう。
代わりにふーちゃんを抱き上げて、一緒にソファーに座る。
俺の腿の上に乗せられたふーちゃんは、状況が読めず不思議そうな顔をしている。
「手は上手に出来たからおしまい。その後はもっと褒めたいから、抱っこして頭撫でてもいい?」
俺がそう言うと、ふーちゃんはぎゅーっと俺に抱きついてくる。
この時間を終わりにしたくなくて。
もっと触れ合いたくて、もっと褒めて欲しくて。
ふーちゃんのそんな気持ちが分かり、その健気さに胸がきゅーっと音を立てる。
もちろん、この時間を終わらせたくないのは俺も同じだ。
ふーちゃんの背をぽんぽんと叩きながら、指通りのいい髪を撫でる。
暖かな体温に包まれて、俺もふーちゃんと同じように幸せを噛み締めていた。
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