83 / 91

第83話(あさひ)

「じゃあ、今日もお願いしようかな。まずは、化粧水を馴染ませて」 ふーちゃんにそう言うと、こくりと頷いて準備をする。 今日もスペースに入りそうだな、なんて予感して口元が緩む。 幸せそうに俺の手を見つめるふーちゃんは、この上なく愛くるしい。 「うん、上手。次は……覚えてる?」 頷きながらオイルを取って、合っているか伺うように見上げるふーちゃん。 「正解」と言うと、ゆるゆると笑顔を見せてくれる。 オイルを手に広げる様子を見つつ、ふーちゃんにマッサージの順も伝える。 ふーちゃんは言われた通りに、丁寧に進めていく。 スペース中のふーちゃんは、とにかく緩い。 基本表情が穏やかで、時折甘えるように伺う顔をすることもある。 動きはすこし緩慢になるけれど、言ったことには頑張って応えてくれる。 俺に指示されることが好きで、出来たあとは俺を見てにーっと笑って、褒められるのを待つ。 ほとんど言葉でのやりとりはないけれど、その分表情がくるくる動くのが可愛らしい。 これが俺に全てを任せている姿なのだと思うと、嬉しくて仕方がない。 尽くして甘えたいふーちゃんの性分が、包み隠さず明かされている。 Domとして、全幅の信頼を寄せられている今、最高の瞬間だ。 「Good boy( よく出来ました).後はクリームを塗ってくれる?」 言われた通りハンドクリームを塗り、ふーちゃんは満足そうに俺の手を見る。 「よし、じゃああとは手袋したらおしまいだね」 「……や」 蚊の鳴くような声で、ふーちゃんが言った。 スペースに入っている時の抵抗なんて初めてで、戸惑ってしまう。 かく言うふーちゃんは俺の顔を見て、目に涙を浮かべている。 「何が嫌かな……手袋するの、嫌?」 ふーちゃんはふるふると首を横に振る。 他に何か……と考えていると、ふーちゃんは俺の手ではなく足にしがみついて「や、ぃや……」と繰り返す。 必死に引き止める姿に、はっと思い浮かんだことを言う。 「“おしまい”が嫌だった?」 「っ、ん……」 何度も頷くふーちゃんが愛おしくて、思わず言葉を失ってしまう。 代わりにふーちゃんを抱き上げて、一緒にソファーに座る。 俺の腿の上に乗せられたふーちゃんは、状況が読めず不思議そうな顔をしている。 「手は上手に出来たからおしまい。その後はもっと褒めたいから、抱っこして頭撫でてもいい?」 俺がそう言うと、ふーちゃんはぎゅーっと俺に抱きついてくる。 この時間を終わりにしたくなくて。 もっと触れ合いたくて、もっと褒めて欲しくて。 ふーちゃんのそんな気持ちが分かり、その健気さに胸がきゅーっと音を立てる。 もちろん、この時間を終わらせたくないのは俺も同じだ。 ふーちゃんの背をぽんぽんと叩きながら、指通りのいい髪を撫でる。 暖かな体温に包まれて、俺もふーちゃんと同じように幸せを噛み締めていた。

ともだちにシェアしよう!