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第84話
*_…
とん、とん……と、背中を軽くゆったりと叩かれる感覚。
優しく包みこんでくれている体温に気付いた。
まだぼんやりとした頭で、名前を呼ぶ。
「……あさひさん」
「あ、ふーちゃん戻ってきた?」
「ぼく、また」
またサブスペースに入っていたのか、と。
以前より恥ずかしさはなくなってきた分、嬉しさが増す。
「しあわせ」なんてぽろっと口からこぼれ落ちそうなくらい、心が満たされている。
「ふーちゃんが幸せで何よりだよ」
顔を上げると、柔らかく目を細めたあさひさんがいた。
頬を撫で、顔を引き寄せられて。
こつりとお互いの額を合わせた後で、唇が惹かれ合う。
「誕生日おめでとう、文弥」
「え、あ……ありがとうございますっ」
サブスペースの間に日付が変わっていたらしい。
はっきりと覚醒した頭で、あさひさんに言いたかった言葉をぐるぐると思い出す。
「あさひさん、僕……あさひさんに出会えて、本当に幸せです。Subで、同性の人しか好きになれなくて。その上、臆病で……自分ですら持て余していた僕を受け止めてもらえるなんて、思っていませんでした」
たくさん言いたいことはあるのに、目頭が熱くなって、言葉に詰まってしまう。
それでも、あさひさんは笑顔で待ってくれている。
「僕を……っ、愛してくれて、ありがとうございます」
些細なことでも、あさひさんがくれるから幸せだと思えた。
隣にいても胸を張れるくらい、自分に自信を持ちたいと思った。
あさひさんの大切なものを、僕も大切にしたいと誓った。
全部、あさひさんが僕を信じて、愛してくれたから。
「良かった……ちゃんと、伝わってた」
僕の言葉にハッとした後で、あさひさんはぐっと唇を噛んだ。
泣きそうなのを堪えた笑顔で僕の頭を撫でる。
「首輪と一緒に贈るつもりだったもの……今、渡すね」
僕を抱えて立ち上がったあさひさんは、クローゼットの中から小さな箱を取り出す。
それから、僕をソファーに座らせて、あさひさんが目の前に膝をついた。
いつもとは反対の位置。
あさひさんに見上げられるのは、なんだか少し緊張する。
「文弥、これからもずっと傍にいてほしい。今日は、恋人として伝えたかった」
あさひさんは小さな箱をゆっくりと開けた。
そこには、シンプルなシルバーのリングが二つ並んでいた。
「……ここに、つけさせて欲しい」
あさひさんは、少し震える手で僕の左手の薬指に触れた。
恋人としての証もくれると、あさひさんは言っているのだ。
昨日からもらってばかりで、どうこの気持ちを返したらいいのだろう。
「あさひさんもここに……同じものを、つけてくれるんですよね」
僕もあさひさんの左手を取り、薬指に口付けた。
あさひさんは呆気に取られたような顔をする。
それから、「もう」なんて照れたように笑ってくれた。
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