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第85話

朝、目を覚まして、あさひさんを起こさないように布団から出る。 深夜の夢のような出来事を思い出して、軽く頬をつねった。 痛い、夢じゃない……視線の先のローテーブルにある箱が目に入った。 ぱかりと箱を開けると、二つのリングが煌めいた。 ふ、と思わず笑みが溢れる。 満たされた気持ちを抱えて、僕はキッチンで朝食を作り始めた。 もうすぐ出来上がる頃、後ろから声をかけられる。 「おはよ、ふーちゃん」 「おはようございます。もうすぐご飯が出来るので、待っててくださいね」 「ありがとう」と笑うあさひさんは、まだ寝起きでぼんやりとしている。 眠たげな瞳すら、愛おしいと思える。 二人で朝食を食べて、それぞれに身支度をする。 「今日は俺、休みだから。ふーちゃんが仕事終わる頃に迎え行くね」 「はいっ」 そう言いながら、あさひさんは僕のCollarを取り出す。 あさひさんに背中を向けて、僕は項にかかる髪をあげた。 「きつくない?」 「はい。ありがとうございます」 「待って、今日からはこれも」 Collarをつけた後も、あさひさんに背を向けたまま。 ちゃりと金属音がして、はっと気付く。 「指輪、仕事中は指に出来ないでしょ? でも……なるべく、身につけてて欲しくて」 チェーンに通されたリングが、首元で揺れる。 「……っ、これも準備していたんですか?」 「うん。ずっと身につけててほしいって、俺のわがまま」 「ははっ! 嬉しいわがままですね」 あさひさんを微笑ましく思いながら、玄関先でキスをする。 「行ってきますね、あさひさん」 *_… 「有明さんなにそれー!」 「やばーい、めっちゃかわいいー」 「はは……恋人に、もらいました」 「超愛されてるじゃん。最近貰った?」 今日もきてくれた女子高生たちが、きゃあきゃあと盛り上がる。 カウンターに座るなり、注文よりも先に質問攻めにされた。 ここ数日のことを思い出し、少し照れ臭く思いながら答えていく。 ひと段落ついた時に、ようやく彼女たちはホットココアを頼んだ。 「有明さん、幸せそうだね」 「……うん。すごく幸せ」 口を揃えて可愛いと言われると、恥ずかしくなる。 「もうっ、大人の男にかわいいなんて言わないの!」 「そうそう。君たちも可愛いんだから」 急に現れた聴き慣れている声の方に、思わず顔を向ける。 そこには少し鼻を赤くくしたあさひさんがいて、コートを脱いで彼女たちの隣に座った。 「ふーちゃん、ホットミルク一つ」 あさひさんは注文を左手の指を一本立てながら示した。 いつものように注文を受けて伝えに行こうとしたとき、ふと気付く。 あさひさんの黒い手袋の上で、きらりと光るリング。 僕の胸元にあるものと、同じ光。 きゅうっと胸が音を立てる。 この鼓動の音が聞こえやしないだろうか、と心配になるくらい大きく鳴っていた。 あの時、初めてあさひさんの指を見た時と同じ感覚。 僕はきっと、これからも。 何度だってあさひさんに惹かれる運命なんだろう。 あなたのゆびに、さそわれて  了

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