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その夜のこと。
夕食の片付けが終わってから、俺は仁王立ちする千博さんの前でKneelをしている。
「それで、言うことは?」
「……ごめんなさい」
「何が? 何が悪かったかも教えて」
「怪我したこと……言わなかったから」
そうだよね、と千博さんが優しく返す。
昼間のサブスペースの会話が気がかりで、夕飯を作りながら気持ちが抜けていた。
その所為か置いてあった包丁に指を引っ掛けたり、鍋の熱い部分に触れてしまったり、夕飯自体の出来もいつもと違った。
焦ってしまってろくに応急処置もせずにいたら、千博さんにバレてしまった。
「何かあったら全部言うって決めたでしょ。それに、火傷はちゃんと冷やして。軽かったからまだいいものの……指も、今日は引っ掛けて切れただけだけど、包丁落としたらこれじゃ済まないかもしれないよ」
「わかっ……て、ます。ごめんなさい」
「……反抗する元気はあるね」
思わず「分かってる」と言いそうになったのは、千博さんにはお見通しだ。
誤魔化しは効かない、今日は何をされるのだろう。
「はい、俺の膝来て。ズボンも下ろせるでしょ?」
ソファーに座った千博さんは、膝をぽんぽんと叩いて俺に言う。
1番軽いので良かったと思う気持ちと、また別の意味での嬉しさが思わず溢れそうになる。
子供の躾、お仕置き……それでよく見る尻を叩かれること。
それが俺らの中では1番軽い仕置きだった。
痛みよりも、千博さんの膝の上で叩かれる準備をしなければいけない恥ずかしさの方が勝る。
そして、それ以上に……
「まー、今日は10かな。俺の手も痛いし」
「はい……」
千博さんのポリシーで、必ず手で叩いてくれる。
それに愛情を感じてしまうのは、秘密にしている。
俺の準備が出来ると、千博さんはそっと触れてから腕を振り上げた。
パシン、と音が響くと同時に弾ける痛みが来る。
それが数回続くと、今度はじわじわと後に引くタイプの痛みが追いついてくる。
「っ、た……」
「ん。あと2回、我慢な」
まだ終わってないけれど、千博さんの声が少し優しい。
それだけで、頭がふわふわしてくる。
「はい、いーち」
「いっ……」
「これで最後、にーい」
「に、い……!」
パシンッ!と最後に一際大きな音が鳴る。
10回終わると同時にへたりと身体が落ちていく。
まだ、まだ褒めてもらってない。
「Good boy 言わなくても最後にちゃんと数も数えてくれて、俺嬉しかったよ」
そう言って俺のつむじに唇を寄せる千博さん。
数えたことも褒めてもらえて、思わず口が緩む。
労るように身体を横向きに倒されて千博さんの笑顔が視界に入ると、ふと意識が遠のいていった。
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