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*(千博)

俺を見上げるきなりの目が、とろりと溶けていく。 「……もっと、ほめて?」 「頑張ったね、きなり。最後まで姿勢も崩さなかったもんね」 「ん、褒めてもらいたかった、から」 素直にそう言うきなりの身体を起こして、くしゃりと頭を撫でる。 ミルクティー色に染めている髪は、いつだって指通りがいい。 大人しく頭を撫でられているなんて、普段の姿からは想像出来ないくらい穏やかなものだ。 眉間のシワだって、1ミリもない。 「少し待ってて、叩いたところ冷やすもの持ってくるから」 こくりと頷いた後は、きなりはずーっと俺の動きを目で追っている。 視界の端に映るその健気な姿は、いつ見ても従順なワンコのようだ。 「お待たせ。ソファーに横になって。当てるよ?」 「ありがと……ん、っ……つめた」 「少し我慢な。すぐにしないと後引くから」 はい、と抵抗なく従うきなり。 うつ伏せでお尻に保冷剤を置いている姿は思わず笑ってしまう。 可笑しくて笑ってしまうけれど、それでも愛おしい。 「……ちひろさん、怪我したの言わなくてごめんなさい」 「いいよ。さっきも謝ったし、お仕置きもしたでしょ?」 ……ごめんなさい、とまた小声できなりは謝った。 ああなんか、この状態のきなりに謝られると胸が痛む。 小さな子どもが必死に許しを乞うような、そんな瞳を見せられるとついつい甘やかしてしまう。 「俺さ、昼のサブスペースの話が気になってて。撮られるのやだけど、ちょっと知りたくて」 「そんなに気にしてたんだ」 「……いつも、気がつくと、ちひろさん笑ってるから……」 一瞬話がどう繋がるのか分からず、相槌が出なかった。 それでもきなりは、ぽつぽつと話を続けてくれた。 「変なことしてないかなって、最初は思ったんだ。でも、だんだん……あんなに笑うの見たことないから、サブスペースの時の方が好きなのかなって思ったり……」 「……ふはっ、そんなこと気にしてたの?」 「だって、俺……全然、甘やかされるほど、かわいくないし」 きなりがもごもごと続けたその言葉に、思いっきり笑ってしまう。 この子はどうも、自分のことをよく知らないらしい。 それと、何をどうしたってきなりのことを可愛いとしか思えない俺のことも、まだ知らないみたいだ。 普段の素直じゃないきなりも愛らしいけれど、サブスペースに入った素直で本音が漏れてくるきなりも良い。 いつも以上に饒舌で、ごめんなさいもありがとうも思ったこと全部溢れてくるきなりは可愛らしいと言うか面白い。 こんな二面性があるだなんて、飽きなくて素敵なパートナーだ。 「いいか、きなり。俺はどんなお前だって大好きだよ。嫌いになんてならないから、全部俺に預けてくれよ」 な? と念を押すようにきなりに言う。 いつもだったら「何それ」と照れ隠ししながらあしらうだろう。 「もう全部、ちひろさんにあげてるよ」 でも、こんな一言を聞けるのも悪くない。 本人にも教えない、俺だけの秘密にしておこう。

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