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第8話
東城は久しぶりに自分の家に帰った。玄関の鍵をあけ、廊下を歩いてリビングに入った。
ここしばらく、両親や祖母が暮らす実家で暮らしていた。銃で撃たれて怪我をした後、不自由が多かったため実家で静養したのだ。
怪我が治った今もまだ実家にいる。
母に懇願されたせいもある。
独りで家に戻ったらリハビリもしなくなるだろうし、何をしているのかどこにいるのかわからないと心配で気が狂いそうになる、と言っていたのだ。
息子が銃で撃たれて生死の境をさまよったのだから当然ともいえる。
両親の家で寝起きしながら、この自分の家に帰ったことは何度かある。だが、ここで暮らす気にはなれなかった。
自分がリフォームの指示を出し、家具を揃えた家は、全て、広瀬がいることを前提にしていたことに気づいたからだ。
家のリビングのソファーを見て、これほど落ち込むことになるとは思わなかった。ここまで自分が感傷的な人間だったとは。家に入りその冷えた空間に、空っぽのソファーに急に息苦しくなったのだ。
広瀬がいつもリラックスしてもたれかかっていたソファー。熱心に覗き込んでいた大きな冷蔵庫。水割りを作っていたバーカウンター。彼がこの家の中でいるだけで、東城は満足だった。
初めてこの家に彼を迎えれた時、彼は少し照れたような顔をしていた。家の中を見せて回ると笑顔で幸福そうだった。
東城は、この世界の全てが自分のものだと思ったのだ。
だが、今や庭も、寝室もなにもかもが、彼の不在を東城にはっきりと知らせる装置となった。彼はいなくなった。広瀬が自分の前から姿を消したのだ。
彼の不在がわかっているのに、家に帰ると、彼が本当はリビングにいて静かにしているだけかもしれない、寝室のベッドで眠そうに半分目をとじながら自分を待っているかもしれない、そう思ってしまうのだ。
自分の家にいることは苦痛でしかなかった。東城は逃げるように自宅から出たのだ。
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