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第14話
広瀬はここに来た当初は英語はほとんど話ができなかったので、光森が通訳のようにしていた。
最初に会った時には、何かの病気なんじゃないかと思うほどに、無気力で身体を弱らせていた。
だが、最近、急速に元気になってきている。きちんと食事をし、身体を動かすようになった。
やせ細っていた身体が健康になっていくと、元々整っていた容姿が、さらに美しく、華やかにみえる。
英語の勉強もしており、相当にできるようになっているようだ。
無口で日本語さえもほとんど話をしないから、どこまで理解しているのかはわからないが。
広瀬が動けるようになると、光森の会社の経営者の一人が、彼を投資家が集まるパーティーで紹介するよう言ってきた。
彼は美しくミステリアスな雰囲気がある。市場投入を予定して投資を集めている記憶のデバイスの宣伝にはちょうどいいはずだ。
だから、光森は広瀬を伴い何度かパーティーに連れて行っていたのだ。
光森は花束を広瀬に差し出した。
「昨夜のビューレン四世からの贈り物だ」
広瀬は、ちらとその花束に目を向けた。返事はない。
「ほら、昨日の夜、君にさかんに話しかけていた男がいたろう。ビューレン四世って名乗ってた。彼が、君にといって贈ってきたんだ。メッセージカードもある」光森はそう言いながら広瀬にカードを渡した。
広瀬は、花束より先にカードを封筒から取り出し読んでいた。
どうせろくでもないことが書かれているのだろう。
ビューレン四世とかなんとか言ってた男は大金持ちの四代目のドラ息子だ。出資先を探すとか言う名目で、セクハラまがいのことを平気でする。
広瀬がそのカードに書かれている内容を理解できたのかどうかはわからなかった。彼に花束を渡そうと差し出すと、それはそれで素直に受け取っていた。
花とカードを手にもって、彼は無言だ。こう静かだと居心地が悪い。
「この、ビューレン四世が、また、君に会いたいって言ってるんだ。会ってくれないかな」
「どうしてですか?」広瀬が口を動かして聞いてきた。
彼と会話をしようとしていたくせに実際に会話が始まって光森は驚いた。
「どうしてって、ビューレン四世は金をうなるほどもってるんだ。会社に投資しようと検討している。君が、会ってくれれば、検討が進むらしい」
広瀬は黙っている。
灰色の大きな目がこちらをじっとみている。これだ、と光森は思う。こうやってみられると引き込まれそうになる。意味を探そうとしてしまうのだ。
光森は、言葉を選びながら話を続ける。
「彼が出資をしてくれれば会社は大きく飛躍できる。開発案件の製品は多くの人にとって役立つものだ。アキもそれは知っているだろう。彼も製品価値はよく理解している。だけど、個人的な判断も入るんだ。自分の家の金だからね。同じ程度の価値、同じ程度の投資先があったら自分の好みで投資するだろう。今回は、君に興味をもってるってことだ」
「興味を」
「そうだ。花束を贈ってくるんだから、説明しなくてもわかるだろ」と光森は言った。
「そうですか」と広瀬は答えた。曖昧な返事だ。
このままでは、彼がビューレン四世の求めに応じるとは思えない。だけど、光森は、広瀬から了承を取り付けたかった。
「それで、今度、僕はビューレンを日本に招待することにしたんだ。日本の投資検討先に行くことにしている話をしたら、自分も日本に行きたいってことになったんだ。アキと一緒に日本の国内を回ってみたいって」と光森は言った。「日本に一緒に行ってくれないか。ビューレンとどうなるかってことは、日本で考えればいいことだから」
広瀬は、まばたきをした。「日本に?」と彼は小声で言った。
「ああ。こっちに来てからまだ帰ってないんだろう」
「菊池さんは?」
「彼は当分シンガポールにいる。ここだけの話、菊池さんには内緒で行きたいんだ。色々うるさいからね」
広瀬を連れてきた菊池は、研究者らしいのだが、過干渉で、光森が金を集めることは必要としているくせに、広瀬を連れて投資家に会うことには反対してきた。
他のスタッフにも口うるさく、今までとは違う動きを報告すると必ず面倒なことになるのだ。
広瀬は、黙っていた。光森が不安になるほどの長い沈黙の後で彼はうなずいた。
「一緒に行くってことでいいのか?」
「はい」と広瀬は言った。
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