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第28話
東城が家に帰るずいぶん前に、広瀬はホテルから逃げだしていた。
夜の街を走って、ただ、あてどなく逃げていた。
都心のビル街で全力で走っているのは目立つだろう。
何人もの人に迷惑そうに避けられ、睨まれた。
だが、速度を緩めると、追われている恐ろしさが増して、止まることはできない。
途中で息が切れて走れなくなった時には、ホテルから相当離れていた。
頭の中では部屋の中で倒れている光森の姿が離れない。
日本に入国し、ホテルについてから、広瀬は部屋で仮眠をとっていた。
隣の部屋で言い争う声がして目を開けた。
広瀬の部屋は光森の部屋と続き部屋になっている。
光森の声は、どこかで飲んできたようで呂律が回っていなかった。相手は聞き覚えのない男の声だ。言い争いは日本語だった。
広瀬はそっとベッドから立ち上がり、続き部屋のドアを音を立てないように薄く開け、中を覗いた。
光森が日本人の男と対峙している。
相手の男はTシャツにジャケットという格好をしており、髪を短く刈りあげていた。
20代前半だろうか、若いが、口調にも漂う雰囲気にも凶暴さがあった。
暴力団か類似の組織の人間かもしれない、と広瀬は思った。だが、どうしてそんな男が光森の部屋にいるのだろうか。
光森は相手に出て行けと言っている。それから、酔った足で近づいて男を押そうと手を伸ばした。
男は、光森の手を避けて、押し戻そうとしたようだった。それほど力は入っていなかったろう。だが、酔った光森は、足をもつれさせ、バランスを失い、倒れた。
しばらく沈黙が流れた。男は光森が倒れたまま起き上がらないのと気づくと、怯えたように後ずさりし、部屋から逃げて行った。
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