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第29話

広瀬はドアを開け、光森に駆け寄った。 光森は倒れた時にローテーブルで頭をうったようだった。 呼吸を確認すると死んではいなかった。 気を失っている。かなり酔っていたようだったから、眠ってしまったのかもしれない。 そして、それから。 倒れる光森を見て思ったのだ。 このまま、この部屋を出て、自分も逃げてしまおう。 こんなチャンスはない。 広瀬は、光森の背中に手を当てた。意識は戻らない。呼吸はあり、心臓も動いてる。 広瀬の頭の中は乾ききり、すばやく回転した。 ここから逃げるにしても、自分には金が必要だ。 広瀬はためらうことなく光森のジャケットのポケットに手を入れ、財布を取り出した。 光森は海外暮しが長かったせいか現金をわずかしかもっていなかった。 仕方ない。 広瀬は現金とクレジットカードを抜き取るとポケットに入れた。 それから、ホテルの部屋を出た。 顔を出して見回すが、廊下には先ほどの男も、ほかの誰もいなかった。 エレベーターホールには海外からの観光客だろう家族連れがいて、楽しそうにおしゃべりをしている。一緒にエレベーターに乗り込んだ。他には誰も乗ってこない。 ホテルのロビーには人が多くいた。泊り客もいれば、食事に来た客もいるようだった。 周囲を見回すが先ほどの男の姿はすぐにはみあたらなかった。 光森が倒れたことに驚いてこのホテルから逃げたのだろう。自分も、早く逃げよう。 外に出ようと足早に大きな出口に向かっていく。 そこで、ロビーの向こうで動く人間が目の端に入った。 先ほど光森ともめていた男がいたのだ。スマートフォンで誰かと息せき切って話をしている。 そして、むこうも広瀬に気づいたようだった。男の表情が変わった。目を見開き、明らかに広瀬を認識していた。 彼は電話をかけながらこちらに向かって走ってきた。 広瀬も走り出した。外にでて、夜の街を走って逃げた。

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