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第34話
地下鉄を降りた駅は、以前、仕事をしていた北池署管内だ。
初めて刑事に任用された時の配属先だったこの街は、時間をかけて地図を作った場所で、どこになにがあるのかを熟知していた。
広瀬は、迷うことなく、ビルの間を縫って狭い裏道を行った。
古くて小さなビルがひしめき合っている。
飲食店やマッサージ店、雑貨店などの間にどんな商売かもわからないような店や事務所が並んでいる。
行き交う人々も雑多だ。
スーツを着たサラリーマンもいれば、流行りの服を着た学生の集団もいる。
道の途中でなにをするでもなくじっと立っている得体のしれない男もいる。
広瀬も得体のしれない人間のうちの一人になれる街だ。
広瀬は、足早に歩き、薄汚れたビルの地下の知っている店にたどり着いた。北池署に勤務していた時、参考人の話の裏とりのため先輩刑事と訪れたことがある。
その狭い店はカウンターだけある。一見するとアルコールの瓶やグラスが並ぶ薄汚い普通のバーだ。
若い男が一人カウンターの向こう側で店番をしながら、店の壁にかかったテレビをぼんやり見ている。
他の客は、隅の方に男が一人だけだ。男は泡の消えかけたビールを半分残して、黙ってスマホをいじっていた。
広瀬が入ると、店員がちらとこちらを見た。
椅子に座ると、水とよれよれのメニューの紙一枚を差し出される。店員は、すぐに顔をテレビに向けた。テレビを見たいのではなく客の顔を観察していると思われたくないのだ。
テレビで流しているのはクイズ番組だった。
「ニュースは?」と広瀬は聞いた。
若い店員は、無言でリモコンをいじりチャンネルを変えたが、どこの局でもやっていなかった。
もしかして光森のことをニュースでやっているかもと思ったのだが、わからなかった。
「なにを?」と店員に聞かれる。
広瀬は「できるだけ安いのが欲しい」と答えた。
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