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第36話
店を出て、広瀬は街を歩き、路地裏のビル陰に入り込んだ。
そこは狭くて、街の灯りがかろうじて届くが、薄暗く、ゴミが足元に落ちている。行き交う人があえて覗き込まないと人がいることは気づかれない場所だ。
広瀬は、傷だらけのスマートフォンを操作し、電話番号を押した。
ずっと前に、教えられた、というか、勝手に押し付けられた番号だ。
あの後何度か端末を壊すことがあって、そのたびに登録し直していた。
最初は氏名で登録していたのだが、その後は誰かに見られても誰かわからないように略称にして、最後にはイニシャルだけにしていた。
電話は数度コールをしたが東城は電話に出なかった。
そしてすぐに留守番電話に変わったが広瀬はメッセージを残さなかった。
もう一度かけても、彼は出なかった。
こんな遅い時間だ。知らない番号からの電話になんかでないのだろう。
いや、眠っているのかもしれない。仕事で電話どころではないのかも。
いつも忙しい人だったから。広瀬も忙しかったけれど、それ以上に彼は忙しくしていた。
仕事だけじゃなくて一族の関係の調整や事務処理をこまめにこなしていた。
二人でゆっくりできる時間は限られていた。
でも、時間があれば、必ず彼は広瀬と過ごしていた。
もっと時間ができたらあれをしよう、これをしようと、彼はそんな話をよくしていた。
彼のバカげた計画を聞くのが広瀬は好きだった。いつか本当にかなえられそうな気がしていた。あの会話も遠い昔のことのように思える。
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