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第60話
東城は何も言えなくなった。
確かに、話を聞かされたら、どうしてそんなことになったのかと大声で理由を聞きたくなる。
抵抗して、回避できなかったのか、とか。さっさと逃げなかったのか、とか。
乱暴した竹内をどうしてやろうか、とかそんなことで頭がいっぱいになる。
広瀬を傷つけたことを許せるはずがない。自分が彼を守れなかったことも許せなくなる。
美しい彼が薄汚いもので穢されてしまうことは、想像するだけで怒りがわいてくる。
だが、そこで気づいた。
自分の中に浮かぶ考えそのものが、広瀬が怖れていたことなのだろう。黙っていたら、自分は知らないままだ。
そうして、東城が知らない間に、広瀬は一人で竹内に対処しようとしたのだろう。
しばらく無言になった。無機質なこの部屋は無音だ。
広瀬は、両手でマグカップをもち、静かに東城を見ていた。自分に何を言われようと受け入れようという雰囲気だった。
東城はコーヒーを一口飲んだ。コーヒーの香りは変わらず、酸味がきいていた。
東城は口を開いた。「話をしようって言ったのは俺だからな。続き、聞かせてくれ」
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