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第66話

シャツを脱ぎ、無造作にソファーに放り出す。 上半身裸になった。 広瀬はコーヒーのマグカップをテーブルに置いた。肩にはっきり残る傷痕をじっと見ている。 手を伸ばしてきた。右手の人差し指と中指で、彼は肩に触れてきた。皮膚が引き攣れた傷痕をなぞる。 東城は説明した。「この痕も、もう少ししたら専門医に診てもらって、消してもらう予定だ。母の知り合いの腕のいい医者がいるらしい」 その言葉を聞いているのかいないのか、広瀬は、手で傷痕をなでている。それから、唇を軽くあてた。傷を確かめるようにしている。 彼は無言だった。東城も話すのをやめた。 広瀬の唇の感触が、肩から身体に伝わってきた。 驚いたことに、その感触は不思議な穏やかな波になった。身体の中のなにか、嫌なものが溶けて流れ出ていくようだ。 溶けだすものの正体はわからない。 今まで気づかなかった、暗い冷たいものだ。 広瀬が目の前から消え去ってから、ずっと、頭痛のように、耳鳴りのように、身体の中に巣食い、むしばんでいたものだ。 撃たれた後、激痛で眠れない夜が何度もあった。そして、誰にも打ち明けられない哀しみや不安。どこにもぶつけられない怒り。心の奥底にあったそれらが、広瀬に触れられて氷解していく。 彼が東城の痛みを意識して、癒そうと傷痕にふれているのかどうかは知らない。でも、今はじっと動かないで、こうして彼に身体をまかせているのが、二人にはふさわしいと思った。 広瀬は目を閉じていた。また泣くのだろうかと思ったが、涙は流れなかった。 彼の整った長い睫毛が肩に軽く触れている。かすかな呼吸が肌に伝わる。 東城も彼を感じていた。それから自分も目を閉じた。

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