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第93話
東城が言った通り、広瀬は一人家の中で彼が帰ってくるのを待った。
東城は朝から出かけて行ったので、昼過ぎには戻ってくると思っていた。だが、彼は戻ってこなかった。
この家にはリビングに家庭用の大きな文字盤の白い固定電話がある。
何かあればそこに電話をかけてくれる、と思っていたが、それもない。
長い時間がたち、広瀬はだいたいこの固定電話が使えるんだろうか、と疑問に思った。貸しに出している家だから、回線契約はしていないのかもしれない。
試しに受話器をあげてみた。
ツーツーという音は鳴る。時報の番号をかけてみたら、確かに、何時何分ですと言った音声が流れる。電話は使えるのだ。
その後も、ずっと、東城からの連絡で鳴ることはなかった。心配することは何もないはずなのに、広瀬は電話から目を離せなかった。
夕方、指定の時間に、ドアのチャイムが鳴った。
モニター越しにみると、宮田の顔が映っている。
インターフォンのカメラを睨みつけている。周囲にも時々キョロキョロと目を配っている。
警戒心、疑心暗鬼といった言葉が身体から太字ででてきているようだ。
東城に教えられた通りの手順で、広瀬は厳重なセキュリティを解除し宮田を迎え入れた。
インターフォンのモニターではわからなかったが、宮田の後ろには、白いゆったりとしたブラウスに鳶色の大き目の襞のついたスカートを着た佳代ちゃんがいた。
広瀬が、重い大きな玄関のドアを開けると同時に、彼女の方が宮田を押しのけて入ってきた。
彼女は両腕を広げ、ぎゅっと抱きしめてきた。
「広瀬くん」と佳代ちゃんは言った。「よかった」
広瀬は、佳代ちゃんに抱きしめられ、どう反応したらいいかわからないでいた。佳代ちゃんの後ろになってしまった宮田も厳めしい顔から、うろたえてどうしたらいいのかわからない、という表情になっている。
しばらくして、腕を解いてくれた佳代ちゃんの大きな目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
彼女はバックからハンカチを取り出し、目頭を押さえた。
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