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第109話

東城はしばらくためらっていたが、リビングから姿を消した。 忍沼は、この家に来てから初めて眉間の皺を解き穏やかな表情になり、広瀬に向き直った。 「あきちゃん」と彼は呼びかけてきた。「痩せたね。身体は大丈夫?」 広瀬はうなずいた。「忍沼さんは、怪我は?」 最後に見た忍沼は重傷を負っていた。今は外見は普通だ。傷跡もない。 「僕は、大丈夫。よくなってるよ。それよりも、ごめんね。僕が、不甲斐なかったばっかりに、君を守るどころか、窮地に陥れてしまった」 忍沼はソファーからわずかに腰を浮かした。彼が手を伸ばしてきて自分に触れるのかと思ったが、そうはしなかった。伸ばされた手はしばらく宙にとどまり、忍沼の膝に戻った。 優しい視線を向けてくる。 広瀬は忍沼への返事の言葉が思いつかなかった。忍沼はいつもこうやって自分を守るとかなんとか言っているけど、守って欲しいとか頼んだことは一度もないのだ。彼の自分への過度な思い入れが、広瀬には理解できない。 忍沼も広瀬の返事を待たなかった。 彼はリビングの中を見回し、ズボンのポケットから黒い小ぶりのスマホを取り出した。画面を立ち上げて、なにか操作をしている。しばらくして彼は言った。 「あきちゃん、この家は変な家だね。あちこちに盗聴器やカメラが仕掛けられてて、入るのも出るのもセキュリティがかかって簡単じゃない。今、この部屋の中の盗聴器は僕が操作して止めているから大丈夫だけど」 彼はそう言いながらスマホの画面を示す。赤と緑の折れ線グラフが時間と共に変化していく。 忍沼が声を出すと緑が反応している。 赤は、下のほうに沈んだままだ。この線が盗聴器なのだろうか。このグラフの正確な意味はわからないが、忍沼は自分のした対処に納得しているようだ。 「東城さん、あきちゃんを探すのに必死だったから、あきちゃんを見つけることができて、この家に閉じ込めてるんじゃないの?あきちゃんがもうどこにも行かないように監視してるみたいだ」 あながち当たっていなくもない。かと言って肯定もしにくい。 「もし、そうなら、危険だと思うよ。東城さんは、あきちゃんに執着しすぎてる。ああいうタイプの人は、独占欲が強くて、誰でも自分の思いのままにしたがるんだ。もし、あきちゃんが離れようとしたら、何をするかわからないよ」と忍沼は言った。「僕は、あきちゃんのことが心配だ。行方が分からなくなった時も心配したけど、帰ってきたら、こんな家に閉じ込められてて、あんな支配的な男のところにいるなんて、もっと心配になるよ。平気で腕力に訴えるタイプだろ」 「あの、」と広瀬は言った。このまま何も言わなかったら忍沼はどんどん東城の悪口を言いそうだ。東城は、そこまでひどくもないと思うんだけど。確かに支配的で、ちょっと暴力的ではあるが。 忍沼は、広瀬の発言を手で制した。

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