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第111話
光森は3日前に退院していた。
まだ、頭の怪我はズキズキと痛むのだが、重症ではないし、時間の経過とともに痛みも腫れもなくなる、と医師から事務的な口調で言われた。
刑事たちからは、光森にアメリカにはいつ戻るのか、日本にいる間はどこで過ごすのかと言ったことを意地悪そうな口調で確認された。
アメリカに戻れるタイミングは、光森にもわからなかった。会社からは何も言われていない。
ただ、退院して行くところもないのでしばらく田舎の実家に戻るか友人の家にでも泊まろうかと思っていたら、急に会社がマンスリーマンションを手配してきた。
しばらくそこにいろ、といわれている。
マンスリーマンションで過ごしてはいるが、馘になるかも、と光森は思っていた。かもっていうよりも、なるに違いない。
自分が殴られて怪我したのは気を抜いて酔ってしまったからだ。ビューレン四世が怒って帰って、投資話がダメになったのは自分のせいだろう。
会社は、自分を助けてくれた刑事についてはしつこく聞いてきたが、その報告の後は、特段指示はない。
今回の事件についてや会社の業務については誰にも言うな、とだけ言われている。
警察にも極力話をするな、と言われた。
入社前に機密保持の書類によく読みもせずにサインをしていたのだ。そこに、業務内容は全て機密であり、許可なく話してはならない、話をしたらそれは法律違反であるといってようなことが書かれていたらしい。就職するときにはまさかこんなことになるなんて思わなかったから、サインしてしまったが、今から思うとあの文章も厳しすぎる内容だ。
せっかく頑張ってアメリカで大学に行き、就職もできたのに、こんなことになるなんて。
今の会社を馘になったとして、もう一度アメリカに戻って職探しできるだろうか。
友人たちに相談したいが、口止めされているのでできない。田舎の親には心配をかけたくない。
諦めて日本で仕事先を探そうか。でも、踏ん切りがつかない。
今の状態は、宙ぶらりんでぐらぐらして、不安だ。
マンスリーマンションの鏡のむこうにいる自分は、顔色が悪く、げっそりしている。髪も肌もパサパサで生気がない。
思えば、今の会社は最初から変なことが多かった。研究開発のベンチャーと言えば聞こえはいいが、記憶力が飛躍的に伸びる機器なんて、怪しいことこの上ない。
いつもヒソヒソ話が交わされていて、光森たち下っ端には知らされていないことも多かった。
日本の警察からは業務内容について根掘り葉掘り聞かれたので、公表資料からできる限りの話をしたがうさんくさがられるだけだった。光森のことを詐欺の一味と思っているのかもしれない。
光森自身、自分の仕事の中身が詐欺ではないとは言い切れないなと思い始めている。
犯罪者になってしまったのだろうか。逮捕されるのは、自分を殴った男ではなく、自分自身、だったりして。
久しぶりに帰ってきた日本で、部屋に閉じこもっている。
不規則な生活で、テレビやネットだけを見る毎日だ。外に出るのは怖い。光森を殴った男が自分を狙っているかもしれない。なにか得体のしれないものに追われているような気分だ。
やることもなく昼間にテレビをぼんやり見ていたら、突然チャイムが鳴り、飛び上がるほど驚いた。
誰かがこの部屋を訪ねてくるはずはない。
いや、会社の人が来たのだ。様子を見に来たのか、仕事の話をしに来たのだ。
自分をなだめて、光森は立ち上がりドアの近くにあるインターフォンの画像を見た。一階のオートロックのエントランスだ。
画面の向こうからこちらを見ている人物は、無表情で怖ろしいほどに整った顔をしていた。
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