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第112話
応答してオートロックを開けるとしばらくしてドアがノックされた。
ドアを開けると、ホテルから行方不明になってしまったアキが立っていた。知っている彼よりも背が高く感じたのはなぜだろう。姿勢よくスラリとしていて、光森の目をまっすぐ見てくる。
「どうしてここを?」
部屋の中にアキを招き入れながら光森は質問した。
アキは、中に入ってきて部屋の中を見回した。挨拶も質問への回答もない。
透明な目がこちらをむいた。顔かたちは美しいが、感情がなさすぎる。何を考えているのかさっぱりわからない。
聞こえなかったのだろうか。「今までどこに?」と光森は再度質問をした。
だが、アキからの答えを聞かない方がいいような気もしていた。聞いてしまったらますます怖いことになりそうな気がする。
アキは、最後にあった時よりも元気そうだった。
以前は痩せてか細く、今にも消えてしまいそうだったのに。今は、血色もよくなり実在感というか、存在感がある。
色白の肌はすべすべしていて、内側から輝いてくるような美しさだ。
だが、その顔には感情が見えない。優しさや穏やかさといった安心させる要素は読み取れない。
整ったその様子は、ひどく冷酷で、裁きを下しに来たようにも見える。でも、何の罪の。
「会社は君を探しているよ」と光森は言った。話しかけてはいけないのかもしれないが、声を出さずにはいられない。
アキは、じっとこちらを見ている。すこし首を傾げたように見えた。光森の言葉を理解しようとしているようだった。
「君が行方不明になったから、どこでどうしているのか、心配してるんだ」と光森は言った。「俺も、心配したよ。急にいなくなったりしたから。どこに行ってたんだ?隠れてたの?怖い思いでもした?」
しばらく間があいた後で、アキは、ゆっくりと口を開いた。声が聞こえる。
「会社」と彼は言った。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だ。
「うん。そう、会社」光森はうなずいてみせた。
「会社の人は?」
アキはそう言いながら部屋の中を再度見回している。そして、口を閉じた。
「会社の人は?」光森はオウム返しに答えた。
アキが自分に目を向けてくる。もっと気の利いた答えを待っているのだろう。
「会社の人」と光森はもう一度言った。
「ここには、会社の人は、いないのですか?」とアキがはっきりと口にした。
「え、いない。ここにはいない」と光森は答えた。
「そうですか」
アキは、特に感想はいわなかった。会社の人間がいた方がよかったのか、いない方がよかったのかはわからない。
それから、彼は、急にポケットに手を入れた。
いきなりの動きに凶器でも取り出されるのではないかと、光森は後ずさりした。会社の人がいないと知って、安心して俺を殺そうってことじゃないだろうな。
ところが、ポケットから取り出された手に持たれていたのは、カードだった。
「お返しします」
見ると、クレジットカードだった。
なんのことか分からず、今度は光森が黙ってしまった。アキの手のひらにのっているクレジットカードを見つめる。
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