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第113話

「すみませんでした」とアキは謝罪の言葉を口にした。 「このクレジットカード、あ、俺の?」間抜けな声を出してしまう。 「はい」とアキは答え、頭を下げてくる。 光森は、差し出されたクレジットカードを手に取った。確かに、自分のクレジットカードだ。 「君が、持って行ったのか。現金も?」 アキはうなずいた。 「警察に、盗まれたって届けちゃったよ」 「そうですか」 アキは冷静だ。逮捕されたくないから戻しに来たのではないのだろうか。警察に、戻ってきたからもういいですって言ったら、どうなるんだろう。 「光森さん」とアキはまた口を開く。「会社の人と会いたいのですが、連絡はとれますか?」 光森はうなずいた。「もちろんだよ。もし、アキが見つかったら、すぐに言えって言われてるんだ。時差があるから、今すぐには返事がないかもしれないけど」 光森はそう言いながら部屋の机に置いていたスマホを取り上げる。 アキの静かな声が言う。「菊池さんと、話がしたいです」 「菊池さんか」と光森は繰り返した。「菊池さん、どこにいるのかな。シンガポール?」 「そうだと思います。菊池さんと連絡がとりたいんです」 光森はうなずいた。 アキは、菊池と特別に親しかった。いや、親しいという言葉は穏便すぎる。アキの様子を監視し、束縛していた。 今回、光森がビューレンから投資資金を引き出すためにアキを連れて日本に来て、さらに、アキが行方不明となったことで、菊池は激怒していた。表向きは冷静に指示を出してきたが、光森のことを絶対に許さないでいるだろうことは、十分分かった。 彼にとって、アキは重要な標本のようだった。彼の蒐集品の中でも最高に価値あるモノ。 いや、それだけだろうか、と、菊池に会いたいというアキをみて改めて疑問が湧いてくる。 菊池がアキに接するときの過度な接触や、他人が近づくことを嫌う雰囲気。あまり考えないようにしていたが、菊池は性的な意味でも、アキを支配していたのではないだろうか。 光森がアキに、ビューレンへ性的な接待をして欲しいと頼んだ時、驚きもしないし、何とも思っていないようだった。男とセックスすることへの意外感はないのだ。それは、菊池との性的な関係からきているのか。

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