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第115話

電話の向こうから白猫の声がした。 「広瀬くん」と呼びかけてくる。「ほんとうに、そこにいるのかい?」 広瀬は、目の前がゆらぐような気がした。男の声は、自分の身体の中を揺さぶって、不安定なものにしてくるのだ。 これは、暗示をかけられているからじゃない、と自分に言いきかせた。暗示なんてものは最初(はな)からないのだ。 「広瀬くん?」 もう一度呼びかけられた。男の声は、柔らかく優しいものだ。 「はい」と広瀬は答えた。 広瀬の返事に、白猫はほんのわずかだが息を止めたようだった。それから返ってきた言葉はわずかに震えていた。 「君を、探していたんだよ。どれだけ、心配したか」 白猫は、質問をしてくる。 「広瀬くん、そこに、一人で来たのかな?」 「はい」 「今まで、どこに?」 「隠れていました」 「一人で?」 「はい」 「光森くんのところには、どうやって来たんだい?」 「泊まっていたホテルの人に教えてもらいました」 菊池は同じペースでさらに質問してくる。「東城さんには会ったのかい?」 「いいえ」と広瀬も今までと同じ回答のペースで答えた。 「そうか」菊池の声は変わらない。広瀬の嘘に気づいたのかどうかわからない。 だが、このまま菊池の質問に答え続けないで、話をこちらから仕掛けたほうがよいだろう。 広瀬は言った。「菊池さん、迎えに来てもらえませんか」 「迎えに?」 「はい」 「光森くんと一緒にアメリカに戻っているといい。旅券を手配するから、彼に」 後ろを振り向くと光森がこちらをうかがっている。 「菊池さんに迎えに来て欲しいんですが」 「わたしに?」 「そうです。待っています」 広瀬はそう言った。

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