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第126話

彼の声音が変わる。この声だ。頭の中に入ってくる。菊池が広瀬を見ている。 その目からも目をそらすことができなくなる。 「なにを、言っているんですか?」 広瀬は質問した。自分の声がかすかに震えてくる。 落ち着くんだ。これは気のせいだ。自分で自分に暗示をかけているんだ。 菊池の声が頭の中で聞こえる。 「小さかった時、君が滝教授の研究のためにお父さんに連れられてきたのを、よく覚えているよ。研究所の誰もが君のことを綺麗で感情の見えないお人形だと言っていた。だけど、わたしから見たら、君には人を惑わせる妖しい魅力があった。あの時から、わたしは君を自分のモノにしたいと思っていたんだ」 いつのまにか、菊池は広瀬を引き寄せ、自分の隣に座らせていた。 「君の両親が亡くなった時、入院した君は自分が見たものの恐怖で自分を失っていた。本当に可哀そうだった」 菊池の手が頬に触れる。冷たい感触に痺れていく。 「あの時、初めて、わたしは君を自分のものにした」 頭の中が真っ白になった。何を言っているのか最初分からなかった。 徐々に理解はできてくる。だが、絶対に信じられない話だ。 広瀬は、まとわりつく声を振り払った。首を横に振る。 「それは、嘘です。俺は覚えていない」 「僕が君の記憶を消したからだ。でも、ほら、こうして指を鳴らせば、君は思い出すよ」 パチン、という音がした。 「君は、泣いてわたしにしがみついてきていたよ」と菊池は言った。 幼い時の入院中の記憶はないはずだった。 なのに、急に身体をはい回る手の感触が蘇ってくる。 「思い出したろう?知らないってことはない」 そう言いながら、菊池は、広瀬に覆いかぶさってきた。生暖かい息が首にかかる。 「それに、そうだ、日本を離れてから、君はわたしと何度も身体を重ねた」 菊池の手が身体をはい回るのに、自分は反撃することができない。息をすることが苦しくて、口を開けた。 「君はわたしのものだ。初めて会った時から決めていた。君が親戚に引き取られて行ってしまってからも、ずっと、わたしは、君のことだけを考えてきたんだ。君自身も、わたしのモノだと言っていたよ。わたしの言うことは、なんでも聞くと、自分で言っていたんだよ」

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