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第127話

知らない記憶の洪水が、自分の頭の中をあふれてきた。凌辱され、泣きながら懇願している自分自身だ。 なんだ、この記憶は。 全く知らない光景だ。世界が歪んでいく。 広瀬は、無我夢中で腕を動かし、首を横に振った。菊池を押しのけようとする。力は入らないが逃げようとしたのが、菊池にもわかったようだ。広瀬の身体を抱く腕が強くなる。 「おっと。逃げることはないだろう。君が望んだことだったんだから」 「嘘です」と広瀬は言った。「こんなこと、嘘だ」 「でも、君は思い出している。君自身の記憶だよ」 「俺に、何をしたんですか?」 「なにを?君を抱いて、わたしのものにしたんだ。もう、離れることはない」 広瀬は、力の入らない手でこぶしを握った。 絆創膏が目に入る。東城が、指に巻いた時の暖かい感触を思い出そうとした。 そうだ、自分は、彼とつながっているんだ。 「俺は、あなたのものじゃない」 「あんなに濡れて、わたしに絡みついてさえきたのに」 異様な光景が頭の中に広がる。身体中を菊池が暴き、汚していく様子だ。痛みが全身を走る。 「あなたは、」と広瀬は口を開いた。声がつまった。 菊池の声が、ずっと、頭の中で聞こえる。呪文のようだ。この声を、絶たなければ。 こんな声には支配されない。 震えてもなんでもいい。声を絞り出す。 「こんなことで、俺を自由にできると思ったら、大間違いだ」 「勇ましいことだな。だけど、広瀬くん、君は動くことさえできないじゃないか」と菊池は言った。 そして、顔をよせてきた。 唇が触れそうになる。広瀬は必死に顔をそむけた。 身体中の力をためて、腕を振った。菊池のこめかみに手が当たる。ガツっという鈍い音がした。菊池が顔をしかめ、痛そうな声を出した。 広瀬は、再び手を動かした。こぶしを握り、顔を殴った。菊池はすぐによけたが鼻をかすった。 「わたしに逆らうのか」という声には怒りがにじんでいた。「こんなことをして許されると思っているのか」 もう一度殴ろうとしたが、手の力がどうしようもなく抜けていく。

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