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第131話

忍沼と話をして疲れたのか、彼がいる間にうとうとと眠ってしまった。しばらくして、忍沼は帰って行ったようだ。 看護師が様子を見にきて目を覚ました時には姿がなかった。 その後も、数時間かおきに何度か目を覚ました。目を覚ますたびになんとなく東城がいるんじゃないかと思ったが、彼はいなかった。 仕事が忙しいのだろう。 警視庁から離れているので、竜崎のチームにどっぷりと入っていることはないだろうが、協力はしていそうだ。別な用件もあるだろう。忙しい人だから。 どこで、どうしているんだろうか、と、働いているときの東城の様子を思い出してしまう。いつもテキパキと仕事をこなし、周囲から信頼されていた。仕事を任されて大変だ、難しいと口では言っていたが、認められていることに満足して、よく働いていた。 それに、以前、この東城の母親が経営するクリニックは、セキュリティが万全で、秘密も守られると言っていた。おまけに高級ホテル以上に至れり尽くせりのケアをしてくれる。彼がよく知っている場所に広瀬がいるのだから、安心して仕事にも行けるのだろう。 東城にとって仕事は優先順位が高いのだ。 広瀬だって、逆の立場だったら、仕事に行くだろう。 そう思うことにした。 自分も、よく眠って、身体をもとに戻さなければ、と広瀬は思った。しっかりしなきゃ。竜崎のチームは自分に証言を求めてくるだろう。 早くよくなって、対応できるようにならないと。 寂しがっている場合じゃない。 数時間後、また、目が覚めた。部屋の中は暗く、夜中のようだった。 横を見ると、東城がベッドサイドの椅子に座っていた。ひじかけに頬杖をついて目を閉じている。座ったまま眠っているようだ。 急に、嬉しさがこみあげてきた。彼がすぐここに、自分のそばにいる。 広瀬は、姿勢を変えて、よく見えるように動いた。 東城はスーツ姿で、シャツのボタンを一つ外し、ネクタイを緩めていた。大柄な彼には少し小さい椅子でやや窮屈そうに足を組んでいる。 広瀬が動いたのに気づいたのか、東城が目を開けた。視線が合う。 東城は、優しい笑顔を浮かべた。 手を伸ばすと、握りしめてくれた。大きな手が暖かい。自分が冷えていたのに気づいた。 「具合は?」と質問された。だが、すぐに首を横に振った。「ああ、話さなくていい。お前、ずっと眠ってたな」 握った手と反対の手が頬を撫でてくる。 「ここに搬送された時より顔色がよくなってる。血の気がなくて真っ白だったから、どうなるかと思ったよ。それで、お前の体調の悪さについて、ここのスタッフに丁寧に説明しようとしたら邪魔者扱いされたんだ。救急系の医療関係者って人の話を聞かないんだよな」 とか冗談なのか本気なのかわからない口調で言った。 「なにか、飲むか?水か白湯もってこようか?」 そう言いながら立ち上がろうとする。手が離れそうになった。 広瀬は、彼の手を握る力を強めた。ここにいて欲しい。 東城は浮かした腰を元に戻した。広瀬の手を握ったままでいてくれる。 「何かと大変だったから、ゆっくり寝るといい。」 心にしみ込む柔らかな低い声だった。

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