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第132話
しばらく手を握っていると、広瀬は安心したように身体の力を抜いた。
手首が細いな、と東城は思った。かぼそくて弱々しくなってしまったと改めて思った。以前はこんなに華奢ではなかった。急に自分の前から消えて、アメリカに行って、やっと再会するまでにどれほどのことが広瀬の生活にあったのか、まだ、わからないことが多すぎる。
安心させたくて、広瀬の頬を手で包んだ。さらに、頬から額、頭をなでると、気持ちよさそうに目を閉じた。
少しは穏やかになれるといい、と東城は思った。
広瀬が入院してから、病室には何度か顔を出したが、ベッドの広瀬はずっと眠ったままだった。
先ほど仕事を終えて戻ってきたときも、目を閉じていたのだ。病院の無機質なベッドの白いシーツの中、身体を縮こまらせて、うなされているようだった。なだめようと背中をそっとさすってやると少しはよくなったが、不安な空気は変わらなかった。
知らない慣れない場所は広瀬は苦手だ。それはよく知っている。自分がそばにいて、支えてやらなければ。
じっと手を握っているとやがて、広瀬の呼吸が規則正しくなる。眠ったのかな、と思った。
だが、しばらくすると広瀬は目を開けた。
しばらく何か言いたそうにしていて、待っていたら、一度口をつぐんだ。
それから、もう一度口を開く。
「東城さん、菊池は?」声は小さくかすれていたが、しっかりとしていた。
「竜崎さんたちが厳しく取り調べしている。早速、弁護士が来たらしい」
「そうですか」どうなるのか、と聞きたそうだった。
「偽造パスポートとか罪状がはっきりしているものがあるし、そうそう、保釈にはならないだろうな。それと、菊池と同行していた人間も拘留している。竜崎さんたちは徹底的に絞り上げる」と東城は説明した。
広瀬はかすかに首を動かし、うなずいた。
「菊池が、警察庁の研究所の機密情報をもって、海外で売ったことは確かだ。敏腕弁護士がこようが、なんだろうが、当分、出ては来られないようにしてやるよ」
お前は何も心配せずに、身体を休めてればいいんだよ、と言う言葉が口から出そうになった。
だが、それは、呑み込む。広瀬の視線は強く、不安や怯えはなかったから。むしろ、闘う準備をしているようだった。
これ以上はもういいよ、と東城は内心呟いた。
お前は、ここで、ゆっくりするんだ。何も考えずに、身体の力を抜いて。ここは、荒れた外の世界とは違う。お前は守られているんだ。
東城は、広瀬のまぶたをそっとなでた。目を閉じさせ、眠るようにうながした。長い睫毛が指先にあたる。
広瀬が手を伸ばして、まぶたに触れる手をとり、唇にもっていった。乾いていたが柔らかい。
「もう、寝ますね」と広瀬は東城の手に言った。「明日、起きたら、ご飯、食べたいです。少しお腹がすいてきました」
思わず顔がほころんだ。
「お母さんに伝えておくよ。特別に美味しい食事、用意してもらう。ここのは、どっかのホテルから連れてきた腕のいいシェフが作ってくれてて、病院食とは思えないくらいらしい」量も多めにしておいてもらうから、と東城は付け加えた。
広瀬は、また、わずかにうなずくと、やがて、本当に、眠りについた。
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