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第135話

そう考えていたら、竜崎の声が耳に入ってくる。 「頼みがある」 広瀬は顔をあげる。 竜崎は、眉間にしわを寄せて、厳しい表情は変わらない。だが、にじみ出る感情は、苦しそうに見えた。 「東城に、この音声のことを話したり、聞かせないで欲しい」 「え?」 「これ以上、東城を傷つけたくない」と竜崎は言った。 「竜崎さん、菊池の話は、あれは、嘘です。作り事だと思います」 広瀬は自分にもそう言い聞かせる。急に記憶の中に入り込んできた自分を穢す菊池の忌まわしい話。あれは嘘だ。嘘にきまっている。 そういう広瀬を竜崎は手で制した。 「わかっている。だけど、真実かどうかは重要じゃない。あの話は、東城を傷つける。東城のことだ、この音声を聞いたら、菊池を殺そうとする」 竜崎は言葉を続けた。 「東城は、心から君を愛している。君を傷つけることがあれば、それは、東城を傷つけることになる。音声を証拠として採用しないのは、もちろん、証拠として正当性を欠く可能性があるし、君の件がスキャンダルになることを避ける必要があるからだ。だけど、それ以上に、この音声を東城の耳には入れたくない。入れないで欲しい。彼が傷つくことをしないで欲しい。僕は、彼を守りたいんだ」 竜崎はそう言って頭を下げた。

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