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第139話

顔を近づけ唇を合わせたとたんに、東城が噛みつくように唇をふさぎ、舌を口の中に押し入れてきた。かき回して貪ってくる。 さらに、体重をかけられ、車の中で押し倒されそうになった。 熱い手が、シャツの上をまさぐってくる。 広瀬は、反射的に東城の額に手をやると力を入れて押し返した。圧し掛かってくる身体から自分を逃がす。 東城は、避けられてムッとした顔をした。 「お前なあ、自分から誘っといて」 「ここでは、ちょっと」 「なんだ、それ」 「街中ですし」 「外から中は見えねえよ」 東城がそう言いながら黒い窓を指さす。 手が伸びてきて、また、抱かれそうになるのを制した。 「運転手さんが」 「防音なのもわかってるだろ」 運転席とも黒いスモークガラスで仕切られてはいる。 「だいたい、お前からキスしてきたんだろ。わかんない奴だな」 「そういうつもりじゃなかったんです」と広瀬は言った。「淫らな行為をする気はなくて」情けない声になっている。 さっきのキスは、東城と触れ合って、自分が彼のそばにいることを確かめたかっただけなのだ。 まあ、東城にはそんなこと知るはずはない。 淫らってなんだよ、どんなつもりだったんだよ、と東城は呆れた声を出している。 「それに、もう、少ししたら家に着きます」と広瀬は東城の大きな文字盤の腕時計を示した。 東城は、ぞんざいな動作で自分の時計を見た。 「まだ、15分はかかるだろ。何分必要なんだよ、お前は」 そう言いながらも、東城は姿勢を元に戻した。手を伸ばして広瀬が身体を起こすのも手伝ってくれる。 本当は、自分でも15分は短いと思ったのだろう。一度火がついたら、時間をかけたがるのは東城の方なのだから。 東城は、まだ、むっとした顔を続けていたが、少し目が笑っていた。 「わがままなお姫様だな。お前らしいけど」 「お姫様じゃありません」と訂正した。わがままでもない、つもりだ。だが、先にキスをしたのは自分なので、その点は今日は訂正しない。 東城は、はいはい、とため息交じりに返事をしてきた。 だけど、手では広瀬の髪をくしゃりとかきまわし、「そういうところ、好きだよ」と言ったのだった。

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