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第141話
東城が風呂の支度をしてくれている間に、広瀬は、二階の自分の部屋に着替えをとりに行った。
部屋のドアを開けて入る。本棚や机、リクライニングチェアがある簡素な部屋だ。
クローゼットを開け、引き出しから下着や部屋着など着替えを取り出す。
全て、いつも通りの状態に石田さんが整えてくれていた。
部屋の中で、上着のポケットの中のUSBメモリーを取り出した。
手のひらにのせ考える。どうしようか。しばらく部屋の中をウロウロした後で、部屋の中にあるデスクの引き出しを開けた。
以前、そこには、自分の秘密をしまっていた。記憶のデバイスや銃だ。鍵をかけて、誰にも言わずにいたのだ。今、引き出しには何も入っていない。
もう一度、USBメモリーを引き出しにしまおうか、と広瀬は思った。
空っぽの引き出しの中に置き、しめる。そして、鍵をかけてみた。
だが、しばらく考えてもう一度引き出しを開けた。広瀬は、USBメモリーを中から取り出した。
そして、手に持ったまま、一階に降りて行った。
広瀬が差し出して見せたUSBメモリーに、東城はとまどっていた。
「これは?」
「菊池と俺の会話です。忍沼さんが録音してくれていました」
「録音できてたのか。忍沼は、失敗したみたいなこと言ってたが」と東城は言った。
「雑音がひどかったらしくて、聞けるようにするのに時間がかかったそうです」
「そうか。それで、証拠になるのか?竜崎さんには渡したのか?」
広瀬は、首を横に振った。
「東城さんに、聞いてもらった方がいいと思いました」
今までの経緯は、東城が聞いた後に説明しようと思った。
「俺に?深刻な話なのか?」
そう言いながら東城は音声を聞くためにノートPCを持ってきた。
リビングのローテーブルにノートPCを置き電源を入れて起動する。
二人はソファーに並んで座った。
音声を聞く前に広瀬は東城に説明をした。
菊池が話したことは自分の記憶には全くないこと。
話を聞かされて、初めて、自分の頭の中に彼が話すシーンが浮かんできていること。菊池の話は嘘だと思うが、自分の頭の中に急に出てきた記憶がなにかはわからないこと。
東城が菊池と自分の会話を聞いて、どんな反応を示すのかはわからない。
だけど、これを自分の部屋の引き出しに隠しておいても、いずれ、その秘密は黒い影になって、引き出しから染み出てきて、この家を覆いそうだった。そんなことにはなって欲しくなかった。
東城は、広瀬の話を聞き、特に質問もせず、ノートPCにイヤホンをさし、音声を聞き始めた。
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