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第144話

広瀬が湯船に入ると、東城は壁のパネルを操作し、明るさを落とした。 窓の外の庭の灯りが淡く浴室に入ってくる。浴槽の湯面に庭からの灯りがあたり、天井に反射してゆらゆらとゆれている。 湯気の向こうに庭の木々や花が窓から見えた。広瀬は、湯船の中で手足をのばし、庭を眺めた。ぼんやりと庭を見ていると家に帰ってきたことを実感できる。 広瀬は深く息をついた。 東城も湯船に入ってくる。彼は広瀬の身体を後ろから抱いた。 素肌がぴったり重なると、身体の力が抜けていく。彼のたくましい身体を感じながらもたれかかり、目を閉じた。 さっきまで二人でシャワーを浴びながら抱き合った。東城はいつもより乱暴に自分を扱った。 背後から腰をつかまれ、逃げることも許さず、性急に中に押し入ってきたのだ。そうしながら、動物同士の行為のように肩に噛みつかれた。 歯の痛みとたいして慣らしもせずに入ってきた性器にこじあけられる痛みで、広瀬は悲鳴をあげた。 霧のようにシャワーが流れる浴室の中で、自分の声は痛みを告げているはずなのに、なぜか、嬌声のようだった。 広瀬の自由も快楽もほとんど斟酌せずに、がつがつと腰を動かした。 今は、この方が広瀬には安心だった。自分は彼のもの。彼のためにだけ存在し、彼に奉仕することが悦びになる。 東城は、声をあげる広瀬の中が蠢いて自分にまとまりついていることや上気した頬や潤んだ目が物欲しげにしていることを卑猥な言葉で伝えてきた。 自分の欲望のままにふるまった後の東城は、優しかった。 広瀬の身体を、すみずみまで丁寧に洗った。時々唇や身体のそこここに落とされるキスも、穏やかだった。 湯船の中で、東城の身体は広瀬にしっくりとなじむ。 何も考えずにこうやって身体を預けることができる。 浴室のぼんやりとした灯りの中で身体をゆだねていると、だんだん、眠くなってきた。 東城が耳の下に唇を這わせてきた。 手が肩にお湯をかけ、広瀬の胸や腹を撫でる。優しい仕草で身体がほぐれていった。時々乳首を指先でいじられ、つまみあげられると、少しだけ声があがる。 しつこくされて嫌がるとそれ以上無理にはしてこなかった。 こうしてもたれたまま、ゆったりと時間を過ごしたい。 ぬるま湯の中で、なにもせず、二人で堕落してしまうのだ。 東城は広瀬を抱いたままだ。彼も、お湯に揺られてゆらゆらしている。 しばらくして、彼が何か言ってきた。 低い声も耳に気持ちいいが、あまり真面目には聞いていなかった。深く考えず、広瀬はうなずいた。 突然、ばしゃっと顔にお湯をかけられた。広瀬は驚いて目を開けた。 「風呂で寝るなよ」と東城が言った。 広瀬は振り返って東城を見た。 彼は広瀬がびっくりしているのを面白がって笑っている。 広瀬は顔を手でぬぐった。せっかく気持ちよくなっていたのに。 「目が覚めた?」と東城が笑いながら言う。 「そもそも寝てません」 「お前はなんで意地を張るのかな。俺の腕の中で気が緩んだんだろ。寝たっていいと思うけど」 「考え事をしていたんです」と広瀬は答えた。 「どっかの政治家の言い訳かよ」 東城から身体を離し、湯船から起き上がろうとした。東城の手がまとわりついてくる。 二人でもつれあって、お湯がざぶっと動いた。広瀬も東城の顔にお湯をかけた。我ながら子供っぽいなと思ったが、仕返しをせずにはいられなかったのだ。 バシャとさらにお湯をかけようとする広瀬を東城が抱きこんできた。 「わかったよ。考え事してたところ驚かせて悪かった」ごめんな、と彼は言った。「もう、出よう。考え事は出てからした方がいい。風呂で寝るのは、脱水症状になって危険なんだ」と東城は言い立ち上がった。 広瀬はその言葉に同意はしなかったが、このままではのぼせそうだとは思ったので一緒に立ち上がった。

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