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第145話

翌朝、寝室のベッドの上で東城が起き上がったので、広瀬も目を覚ました。 彼は、ベッドサイドに立ち、静かに服を着ていたが、広瀬が起きた気配に気づき、髪とまぶたをなでた。 「仕事に行く。お前はまだ寝てろよ」と彼は言った。 そう言われたが、広瀬は身体を起こし、東城を見上げた。 「具合は?」と聞かれた。 「元気です」と広瀬は答えた。昨日よりももっとよくなっている。 「そうか。だけど、大人しくしてろよ」と東城は言った。「家でも安静にして様子をみなさいって医院のスタッフにもいわれただろ」 広瀬はその言葉には素直にうなずいた。 大人しくするというより、菊池の取り調べの進展や自分の処遇がわかるまで、当面何もすることがないのだ。 それに、寝室の窓から外を見るとあいにくの雨だった。 東城が出て行ってからしばらくすると石田さんがやってきた。 広瀬が家にいるのを見ると、彼女はほっと息をついた。 「広瀬さん、やせちゃいましたね。このうちに帰ってきたからには、もとに戻していただかなきゃ。今、朝ご飯作りますからね」と石田さんは言った。 石田さんは広瀬のリクエスト通りに朝ご飯を作ってくれた。 炊き立てのご飯に野菜たっぷりの味噌汁。大根おろしをそえた焼き魚。出汁巻き卵に酢の物やおひたし、きんぴら、煮物の小鉢を数点。温かいお茶。 久しぶりの石田さんの家庭料理に身体が喜んでいる。広瀬は、お代わりもして、すっかり満腹になった。 食事をした後、外を見ると相変わらずの雨だ。今日は一日中雨だとテレビの天気予報でも告げられた。 これだと、庭にでたり、散歩もしづらい。 しばらくはテレビのニュースを見たり、新聞や雑誌を読んだりしていたが、それも飽きる。 やることもなく昼間にリビングのソファーでうとうとしていると、電話が鳴る音がした。 固定電話だ。 引っ越してきたときに東城が、家にも電話が必要だ、家って言うのは電話があるものだろ、とよくわからない信念をもちだして律儀に契約したのだ。そのわりに電話番号は人に教えないので、電話はほとんどかかってこない。 リビングに置かれた電話機は一見電話とはわからないようなデザインだったが、鳴るのは電話のベルの音で、音に合わせてダイヤルが小さく光った。 何度か鳴っていたら、石田さんがキッチンにある子機をとったようだった。 しばらくして、彼女が子機をもってリビングに入ってきた。 少しとまどった顔をしている。 セールスか宗教の勧誘だろうか。 電話に向かって何かを言い、返事を聞いて切った。撃退しているという感じではない。 広瀬に顔を向ける。 「弘ちゃんからだったの」と石田さんは言った。「広瀬さんがいるかって聞いてきたわ」 「?」 「うちに、いるかどうか確認してほしいって言うのよ。リビングにいますよって言ったら、ちゃんと確かめて欲しいって。そのくせ、目の前にいるから電話代わる?って聞いたら、いいって言って、切っちゃったわ」変な弘ちゃん、と石田さんは呟いている。 よくわからない人だ、と広瀬も思った。用事があるのならなんで代わらないのだろう。 自分が家にいるかどうか、単純に確認しただけなのかもしれない。この家にいて、どこにもいかないことを確認したいのだろうか。 広瀬は今スマホも何も持っていないので、連絡するとしたらこの家の電話しか手段はない。 「もし、今度電話かかってきたら、俺がでますね」と広瀬は言った。 「そうね。それがよさそう」と石田さんは答えた。 東城が何を想って電話をしてきたのか、石田さんにもわかっているようだった。

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