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第146話

夕方になって石田さんが帰った後、また、電話がなった。 広瀬は受話器をあげて電話をとった。 東城だろうと思い、「はい」と返事だけする。 ところが思っていたのとは違う、女性の声だった 「広瀬くん?」 佳代ちゃんだった。 広瀬はおどろいたが、返事を返した。 「よかった。連絡がとれて」と佳代ちゃんは言った。そして言葉を続けた。「広瀬くんに会いたいという人がいるの。今から時間をとってもらえないかしら」真剣な声だった。 外に出ると小雨が続いている。広瀬は傘をさし、指定された都心の喫茶室にむかった。 喫茶室にはまだ誰も来ておらず、先に着いたのは広瀬だった。佳代ちゃんが自分の名前で個室に予約を入れていた。佳代ちゃんは電話では話の内容について説明をしなかったので、席についてじっと彼女が来るのを待った。 しばらくすると軽くドアがノックされ、佳代ちゃんが入ってきた。 彼女は髪をアップにし、紺のパンツスーツを着てきりっとしている。相変わらず隙のない美人だった。 まだ夕方のこの時間だ。仕事の最中なのだろうか。広瀬と会うのも仕事の一環なのかもしれない。 彼女にはどこか得体が知れないところがある。そもそも、家の固定電話の番号をどうやって知ったのだろうか。 彼女は、広瀬を認めると柔らかい笑顔になった。 広瀬は、広瀬の隣に座った佳代ちゃんが、何か説明をしてくれるのかと思ったが、そうではなかった。 「ここにこれから来る人から話をよく聞いてみて。わたしもまだよくは詳細を聞いていないし、広瀬くんも先入観なく聞いた方がいいと思うの。でも、」と佳代ちゃんは笑顔を消し言葉をつないだ。「わたしの紹介だからって相手を信用したりしないでね」 佳代ちゃんがこんな風に言うとは、相当ややこしい相手なのだ、と広瀬は思った。 ドアがノックされる。佳代ちゃんは立ち上がり、ドアをあけた。 そして、ドアの向こうにいた二人の男を部屋に招き入れた。一人は若い男、もう一人はかなりな長身の大柄な男だった。 若い男の顔を見て、広瀬は驚いた。 ホテルで、光森ともめて、彼を負傷させた若い男だったのだ。あの後、逃げる広瀬をロビーで見て、仲間に連絡していた。どこのかはわからないがなにかの「組織」の中にいることを思わせる動きだった。 若い男はTシャツにチノパン、ジャケットという服装だった。手にはダークブラウンの大きな革のバックを持っている。 彼は、ためらいながらも佳代ちゃんに促され、硬い表情で個室の中に入って来た。軽く頭を下げる。 彼の後ろの大柄な男は黒いスーツ姿だ。首が太く、肩が盛り上がり、腰回りも太い。小山のような男で、スーツが窮屈そうに見える。 佳代ちゃんがこの人物が誰かを教えてくれる。 「光森さんの事件のこと、所轄にいる知り合いに探りを入れてもらってたら、お二人から私に直接連絡があって、広瀬くんに会って話がしたいって依頼されたの。お二人は、厚生労働省で違法薬物の関係の仕事をしていて、海外からの偽薬や健康被害を起こす薬の規制とかしているそうよ」 「違法薬物、ですか」と広瀬が言った。 組織は組織でも、国家の組織の人間だったのだ。思ってもみなかった。

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