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第147話

若い男はうなずきながら名刺を差しだし、広瀬に渡した。豊岡という名前だった。 後ろにいる大柄の男は名刺を出さなかった。年齢や風貌からして、豊岡の上司のようだ。じっと自分と佳代ちゃんを値踏みするように見ている。 豊岡が話をする。「光森さんには悪いことをしました。彼が日本に持ち込もうとしていた開発中の薬が、アメリカでも既に問題になりかけているという話を聞いて、我々も詳しく調べようとしていたんです」と彼は言った。「ホテルで声をかけてお話を聞いていたのですが、ちょっと行き違いになって」 「薬?」広瀬は聞き返した。光森たちは、薬ではなく、歯に埋め込む記憶のデバイスの開発資金を得ようとしていたのではなかったのか。 豊岡は広瀬の疑問をよくわかっているようだった。 「記憶力を高めるという触れ込みの機器には、薬がセットになっています。機器についても問題はありそうですが、今のところ我々が問題視しているのは、薬の方です」豊岡はそう言いながら大ぶりのバッグを開けて中からファイルと白いプラスチックの小さなボトルを取り出した。 蓋を開けて見せてくれる。中にはカプセル剤が入っていた。 「これは、我々が入手した薬です。見覚えはありますか?」 記憶のデバイスとセットになっていたカプセルだろうか。自分が飲んだものよりも少し小さめのような気がする。 豊岡は広瀬のその感想にうなずいた。「改良しているようですし、基本的には受注生産なので、カプセルの形が違っているのかもしれません。広瀬さんが飲んだのは別な薬という可能性もあり得ます」 「この薬は押収したものですか?」 豊岡は首を横に振る。「いえ。菊池たちのところから押収した薬は、警視庁で分析しています」彼は微かに苦笑した。「薬を押収したことも、我々は教えてもらっていないんですよ。警視庁の方々とは協力関係にあるはずなんですがね」 「では、どこから?」 「別なルートからです。詳細はお教えできません」彼の側も十分縦割り、秘密主義のようだ。 豊岡はカプセル剤の入ったボトルの蓋をしめた。 「ご存知のようにこれは基本的には経口薬なのですが、今回、菊池は、この中身をあなたに注射しています」 「これを?」 「打たれてから、意識が亡くなったと聞きました。すぐに気を失った感じですか?」と豊岡に聞かれる。 「気を失いました。目を覚ました後、しばらくして、また意識がなくなりました」 「そうですか」

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