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第151話

豊岡と大男が喫茶室を出て行ったのを確認し、佳代ちゃんと広瀬も外にでた。 大粒の雨になっている。 「車で来てるの。家まで送らせて」と佳代ちゃんは広瀬に言った。 佳代ちゃんは大き目なビニール傘をさした。広瀬も傘をさして、二人で駐車場に向かった。 バラバラと大きな音が傘に当たる。 佳代ちゃんはあたりを見回しながら歩いている。後はつけられていないようだ。 車に乗り込むと、シートベルトをつけながら「今日は急に呼び出したりしてごめんなさいね」と佳代ちゃんは広瀬に言った。 広瀬は首を横に振った。 「彼ら、広瀬くんを手あたり次第探してたの。変な筋から探りを入れられたり、勝手に広瀬くんに接触されるよりは、わたし経由で会ってもらった方がいいと思ったんだけど、あんなに威張って話されるとは思わなかったわ。頼み事されてるのか、脅かされてるのかわからないくらいだった。特にあいつ、ああやって他人を脅かすのが通常営業なのね。身体大きいだけの男に、ひれ伏して言うこと聞くわけないでしょうに」と言った。わたしを誰だと思ってるのかしら、という言葉が口には出さないが広瀬には伝わってきた。 「検査の返事は?」と広瀬は佳代ちゃんに聞いた。返事をすると大男に伝えている。 「検査したい?」 「わからない」 「そうよね。わたしは、しない方がいいと思う」と佳代ちゃんは言った。「広瀬くんの身体の情報を信用のおけない組織に渡しちゃだめよ」 信用のおけない組織って、相手は国家機関なのに、と広瀬は思った。佳代ちゃんは警視庁勤めで縄張り意識が骨の髄まで染みついているんだろう。 「見返りってなんのこと?」 佳代ちゃんは軽く笑った。「あれは、具体的にはなんにもないの。なにか、いいことしてもらえたら、と思っただけ。だって、広瀬くん、ずっと大変だったでしょう。少しは得なことないと」 車はどしゃぶりの雨の中を走っていく。尾行を回避するため、車は遠回りしたり、同じところをグルグル回ったり、途中でコンビニの駐車場にとまったりした。 日はすっかり落ち、周囲は暗い。街の灯りが佳代ちゃんのきれいな横顔に陰影をつける。 「わたしがああやって言ったから、彼らも、今頃頭を使って見返りを考えてるかもしれないわ。なにかいいこと思いついてくれたらいいのにね」 しばらくして、家の裏門にたどりついた。 「うちでお茶でも飲んでいく?」と広瀬は佳代ちゃんを誘った。 「ありがとう。でも、この後、まだ、仕事なの。また今度誘ってね」 別れぎわに佳代ちゃんは言った。 「彼らに協力してもいいと思ったら明日中に連絡して。広瀬くんから連絡がなければ、わたしから断っておくね」 そうは言ったが、もし、広瀬が協力しようと思うなんてことを、一言でも佳代ちゃんに告げたら、かなりの強さで否定してきそうな口調だった。 佳代ちゃんの車は雨の中、少しだけ水しぶきをあげながら、去って行った。

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