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第152話

今日の話や自分の記憶の不確かさにとまどいながら、どしゃぶりの中、傘をさして裏門から庭に続く小道を歩いた。 小道から見える家は灯りがついていた。二階の部屋の窓からも柔らかい光が漏れてきているのが見えた。 普段人がいない時には消している家の二階の電気はどうしてついているんだろうかと、なんとなく不思議に思った丁度その時、庭からこちらに走ってくる影があった。 東城だった。 彼は、スーツのままで、傘もささず、頭から雨をあびてびしょぬれになっている。 「広瀬」と東城が呼びかけてきた。 暗いので表情はよく見えない。 「お前、どこにいってたんだよ」 広瀬はあわてて彼に傘をさしかけた。 「家にいないから」と東城は言った。 東城は靴を履いていない。 靴下が庭のぬかるみでドロドロになっている。ズボンにも泥がはね上げていた。 庭に続く小道を歩いてくる広瀬をみつけて、縁側から外に走りでてきたのだ。 「佳代ちゃんと一緒にいたんです」と広瀬は答えた。 「どういうことだ?佳代ちゃん?」 「家に入りましょう。説明は、家でしますから」と広瀬は言った。 とにかく、家に入らせなくては。 広瀬は東城を傘に入れ、玄関へと促した。 三和土に東城を待たせ、広瀬はタオルを取りに家の中に入った。 バスタオルを何枚も抱えて戻ると、彼は足元に水たまりを作って立っていた。ぽたぽたと髪からしずくが落ちていく。 広瀬は思わず手を伸ばし、タオルで顔や髪を拭いた。 こんなことになるなんて。 東城がいつも帰ってくる時間よりもだいぶ早い。連絡がとれないと心配して帰ってきてしまったのだろうか。 「どこにも、行きませんから」と広瀬は東城に言った。「もう、絶対に、どこかに行ったりしませんから」 東城はうなずいた。そして、タオルを広瀬からうけとり、自分で拭き始める。 彼は、三和土でスーツも脱いだ。靴下も脱いで、足も拭いている。 「風呂ためますね」と広瀬は言った。「シャワー、浴びて、風呂に入ってください」 東城は、広瀬の後について家にあがる。二人で浴室に向かった。 脱衣所で東城が聞いてくる。 「佳代ちゃんは何の用事だったんだ?」 「ホテルで光森ともめていた男を連れてきたんです」と広瀬は答えた。「後でゆっくり話しますから」 それからもう一度東城の目を見て、「もう、どこにも行きません」と言った。 ここを離れ、東城を置いてどこかに行ったりはもう二度としないのだ。今日だって、ちょっと外出しただけで、すぐに帰ってきた。そのことを東城にわかってもらわなくては。 東城はもの言いたげだったが、広瀬は背中に手をやり浴室に押し込めた。 東城が浴室でシャワーを浴びている間に、三和土に脱ぎ捨てられた彼の濡れたスーツをタオルでぬぐった。明日、すぐにクリーニングに出すべく、専用のケースに入れる。 泥だらけの靴下は、捨てることにして、ビニール袋に放り込む。 掃除道具の入っている納戸からモップをとってきて、濡れた床を拭いた。 そんな作業をしながら、時々、浴室に戻って東城がシャワーを浴びたり、お湯がはられた風呂に入っているのを確かめた。 そのたびに「どこにも行きませんから」と繰り返し言ったので、しまいには、東城の方が苦笑していた。 「お前がどこにも行かないのはよくわかったよ。俺、そんなに心配してた?」 広瀬は首を横に振った。 「俺が、言ってるだけです。言いたいだけ」 「そうか?まあ、お前のことだから、そんなに約束しても、ちょっとそこまでとか言って、すぐ俺に黙ってどっかにふらっと行きそうだ」 「必要なところには行きますけど。買い物とか、人に会ったりとか」でも、必ずここに戻ってくる。 東城はうなずいた。そして、言った。「必要なところ行く前に、お前の携帯買いに行こう。連絡つかないと不便だからな」

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