155 / 159

第155話

だが、そこで、東城がダイニングの壁際の飾り棚に置いたスマホが震え、呼び出し音が鳴った。 東城が立ち上がり、スマホを手に取る、広瀬に示した画面には「橋詰」という名前が表示されていた。 橋詰は広瀬の亡くなった父親の旧友だ。警察庁の高位についており、広瀬の後見人でもある。 何度も鳴る前に、東城は、電話をとった。 丁寧な口調での挨拶し、一言二言会話をしてる。 それから、彼は、スマホを広瀬に差し出した。 「広瀬、お前に話があるそうだ」 広瀬は、スマホを受け取った。 「はい」と答える。 久しぶりに聞く橋詰の声は、今までと変わらない穏やかなものだった。 「彰也。入院先の医院に連絡したら、退院したと聞いたよ。身体の具合はいいのか?」 広瀬は大丈夫です、と返事をした。 それから、東城の隣に座り、スマホをスピーカーモードにして東城にも会話が聞こえるようにした。 「連絡しようにも手段がないことに気づいてね。東城君に連絡するのが一番早そうだったから、電話したんだ」と説明してくる。そして、「急だが、明日、私に会いに来ることはできるかな?」 東城は自分とスマホをじっと見ている。 橋詰は広瀬の返事を聞かず話を続ける。話の真意は来ることを命令しているのであって、来るか来ないか聞いているのではないからだ。 話し方は優しいが、彼は人に命令することに慣れた人間だった。 「それでね、来るときには、辞表を持ってきなさい」 「辞表?」 「そうだ。お前の件は、自己都合で退職することで決着をつけた。今までのことは全て不問だ。免職の扱いになると記録も残るし理由も必要で後々厄介ごとになりやすい。自己都合の退職で手続きをすすめているから、明日、辞表をもってきなさい。書き方はわかるね?」 「橋詰さん、あの、」いきなりの展開に広瀬はとまどう。 「辞職以外の方法もかなり探ったんだがね、さすがに彰也を警視庁に残すという選択肢はとれなかった」と橋詰が説明する。「今後のことは、明日、会って相談するとしよう。なに、私たちで、いい仕事を探してあげるから、心配はいらないよ」 私たちというのは、広瀬の亡父の友人たちだろう。オジサンたちと呼んで、陰に日向に広瀬を助けてくれてきた人たちだ。彼らが動いて、全てを整えようとしているのだ。 「そうはいっても、明日、彰也が警察庁に顔を見せたら不必要に騒ぐ人間がでてくる。場所は、別なところにしよう」 橋詰は警察庁からほど近いホテルを指定した。時間は夜だ。 迎えの車を家に行かせるからそれに乗るように。ホテルに着いたら、運転手の指示に従い指定の部屋に来るようにと指示された。 最後に橋詰が言った。 「それから、彰也。どうして戻ってきたらすぐに私に連絡をしてこなかったんだ?東城君も、なぜ、私に連絡するようお前に言わないのかな。私がどれほど彰也のことや東城君のことに心を砕いて、今まで手を尽くしてきたのか、考えもしなかったのかね」 「すみません」と広瀬は答えた。「戻ってきてからも、色々ありすぎて」 「そうだろうね。わからないでもないがね。それにしても、私に電話の一つくらい。まあ、いい。それも明日、話をしよう」 広瀬が答える間もなく、橋詰は電話を切った。

ともだちにシェアしよう!