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第156話
東城が硬い表情で自分のスマホを見ている。自発光の画面は、時間がたつと、フッと消え黒いガラス面になった。
「明日、行くのか?行くんだよな」と東城は言った。
「行きます」
「辞表をもって?」
広瀬は、うなずいた。
「橋詰さんが言う通りにしてみます」
橋詰の提案が最善なのだろう。
「そうか」
東城はうなずく。
しばらく間があいてから、東城が言った。
「明日、ホテルに迎えに行く」
「え、でも」
「ロビーで待っているから、話が終わったら、一緒に帰ろう」
「何時になるか、わからないですよ。長くかかるかもしれないし、すぐ終わるかもしれないし」
「かまわない。ロビーで待ってる」
「東城さん、俺は、一人で帰れますよ。タクシーで帰ってもいいですし」
「俺が、迎えに行きたいんだ」
東城は少し苛立ったように言った。それから、続ける。
「お前を一人にしたくない。何かあるんじゃないかって、心配したくないんだ。自分が変なのはわかってる。一緒にいないと、お前がどこかに消えるんじゃないかって、ずっと思ってるんだ」
まだ、説明をしようとする東城を少しでもなだめたくて、広瀬は腕に触れた。
東城が言う。「ストーカーみたいにお前につきまとって、ずっと見ていたい。どこにも行かせないでおきたい。そうしないと不安なんだ」
そう言われて広瀬はうなずいた。同意することで不安が減ればそれでいい。
「俺自身の問題だってわかってはいるんだけど、どうしようもできない」
東城は苦しそうだ。なんとか慰めたいけど、どうしたらいいんだろうか。
長い時間一生懸命考えた後に、「大丈夫です。ストーカーには慣れてますから。昔からよくあることだから」と言ってみた。
変な男や女に家や職場までついてこられたり、頻繁に連絡してこられたりというのは、昔からある。自分にかまってきていたヤクザの勢田も、ストーカーみたいなものだ。自分はさして気にしていない。
だから、真面目にそう言ったのだが、ちょっと変な間があいた。
東城が呟いている。「どういう意味だよ。お前にとって俺ってなんなんだ?」
「え?」
「確かに、ストーカーみたいとは言ったけどさ。こうして同居してる恋人と、お前に執着してた変態とを一緒にするってなんなんだ?お前らしい発言だけど、もう少し別な言葉ってないのか?」
難しい人だ。なんていうべきだったんだろう。
東城は軽く笑いだした。広瀬の額を指ではじく。
「まあいいや。俺はストーカーで、お前はそれに慣れてる。つきまとっても気にならないなら、俺も気を楽にしてお前に付きまとえるよ」
同情したのに、小ばかにされている感じだろうか。
「変な人は世の中には大勢いますからね。東城さんも気を付けた方がいいですよ」と広瀬は答えた。
「そうするよ。ホテルにも堂々と迎えには行くことにする」
「ストーカーって言うのは、後ろからコッソリついてきたりするものなんですよ」
「俺は、お前公認のストーカーだから。っていうか、お前、そんなにストーカーにからまれてたのか?それはそれで、」
「もういいですよ。その話は忘れてください」
東城がそうはいくかよ、ちゃんと説明しろよと言っていたが、広瀬は話さなかった。
こうやって苦しい話をいつものように最後には冗談に紛れてさせてしまったけれど、東城が心の中に重いものを抱えていることは変わらない。
その夜、広瀬は、東城にぴったりと身体をつけて眠った。
彼は、広瀬のそばにいるのだ。広瀬ももうどこにも行かない。行きたいとも思わない。
ずっと一緒だ。東城が不安に思うことがないくらいに、広瀬が東城と一緒にいればいいのだ。
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