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第7話
「早くお盆休み来ないかなー」
教士が職員室から出ると、一緒のタイミングで終わった先輩が教士にそう言ってきた。
「ここの学校って他の学校とは違うから、休みなんてお盆休みくらいだし……家族との時間よりも生徒達との時間の方が長いんだよなー」
「それって、良い事じゃないですか?」
「……それ、教士先生くらいですよ。言うの」
「え? あ……。そう…ですよね……。でも、誰かと一緒に過ごしたいって気持ちは分かる気がします……」
今まで分からなかった気持ち。それが、今なら分かる。けれど、それはきっと分からない方が良かったのかもしれない……辛くなるだけだから。
「ハハッ。そうなんですか? あっ、じゃ、俺はこっちなんで、また明日」
「はい…お疲れ様です……」
先輩職員はそう言って教員専用の駐車場へと行き、教士はそのまま真っ直ぐに進んで校門へと向かい、下を向く。
(なつき……何してるのかな……)
四六時中頭を埋めるのはなつきの事だけで、名前以外なんか知らないからこそ気になる事が多かった。
でも、そんな事を考えてももう意味は無い。けれど、意味は無いのに考えてしまい、教士は校門を出て少し歩くと涙を流した。
「ねぇ、おにーさん」
「!」
すると、背後から聞き覚えのある声が聞こえたーーーそれは、今、思い浮かべていた人物だった。
「なっ、なつきっ!?」
そうーーーなつきだった。
でも、その声の主はなつきだったけれど、教士はなつきの格好を見て更に驚いた。
「がっ、学ラン!?」
それは、学ランを着ていたからだ。
「そう、学ラン」
「え……嘘……」
教士は驚きのあまり声を失う。何故なら、ここら辺で学ランの学校はただ一つだけなのだ。
「水瀬 夏樹。夏休みの夏に樹木の樹で夏樹。◯◯南中学三年」
「チュッ、中三!?」
そう。そこだけなのだ。
夏樹は出会った時とは違い、髪の色を黒くしてピアスを外した姿でいた。でも、それでも中学生には見えなかった。
(嘘だろ……)
まさかの夏樹が中学生と言う事実に、教士は自ら犯した失態に死にたくなり固まる。
「で、来年はここに入る……つもりになった男」
そう言って、夏樹は驚き過ぎて口を開けた教士にゆっくりと近付いて来る。
「なーんで逃げるかなー……俺起きた時すげーびびったわ」
「なっ、ここでそんな話し……」
「逃げた罰」
夏樹はそう言うと教士の目の前で立ち止まり、教士の細い手首をガシッと掴む。
「俺があんたの服畳んだ時に鞄落とさなかったら、ここには来れなかった……」
「え……?」
「あんた、律儀にノート裏に名前と学校名書いてるだろ? それに、数枚のプリントに教士の名前が書いてある資料があって、それ見て教員なんだって知った」
「!」
まさか、昔からの習慣がこんな風に繋がってしまうなんて……真面目さが裏目に出てしまった。
「俺、今日二者面談だったんだ。高校俺だけ何処に進むか決めてなくてさ……ずっと急かされてたんだ……」
そう言って、夏樹は教士の手をギュッと握り、笑顔で話す。
「俺さ、高校なんて何処でも良い。行かなくてもいいかなって思ってたんだ……でも……あんたが教師だって知って、あんたがいる高校になら行きたいって思った」
「!」
「まぁ、今の俺の頭で入れる所では無いって分かってるけど……俺は諦めの悪い所が長所だから……なんとかなると思う」
そう言って、夏樹は自信ありげに笑った。
「……ふはっ。なにそれ」
その笑みを見て、教士は何故か自然と笑みが溢れてしまった。それは、夏樹の意外に真面目な所を知っているからかもしれない。
「頭だってこんな黒くしたの久しぶりで担任にも驚かれた。でも、俺の誠意は伝わったみたいで……力になってくれるってさ」
「そう…なんだ……」
「だからさ……だから……」
夏樹はそう言うと頬を真っ赤に染め、一瞬だけ教士から目を逸らした。
「夏樹……?」
そして、こっちまで緊張が伝わるくらいの表情を教士に見せて来た。
「待ってて欲しい。俺がここに入るまで……」
「え……?」
「俺、あんたの事が……教士の事が好きになったんだ」
「!? な…なに言って……」
「本当だ。だから、待ってて欲しい……」
「待つって……」
「俺がここに入学したら返事を聞かせて欲しい!」
「返事って……」
「たぶん……教士は自分が思っていたよりも俺がガキだって知って混乱してると思う。だから、返事は今は聞かない。ぜってー、良い返事なんか聞けねーもん」
「そんなの……」
「当たり前って言いたいんだろ。だから、今は聞かない。俺の本気がちゃんと教士に伝わるまで……」
「夏樹……」
「愛してる……だから、良い返事聞かせろよ」
「!」
そう言って、夏樹は教士のデコにキスをすると掴んでいた手をパッと離した。そして、教士から離れ、走り出し、一回振り向いたかと思うとこっちに向かって大きく手を振って去って行ってしまった。
「返事……」
そんなの決まってる。夏樹の為には良い返事なんかしてはいけないーーーなのに。
「待ってるよ……夏樹」
そう願う自分に嘘は付けなかった。
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