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第3話

 合宿四日目の午前中練習が始まり、一時間ほど過ぎた頃。   「あーぁ……」  体育館の隅っこでひとり弓倉は哀しい溜息を吐いた。体調も悪くないのに丸まって座るそんな二年生に、練習に励む三年生の部員が険しい視線を投げてくるのも気付いてはいたが。 「ちぇっ、あんなの簡単だろ……」  後輩に寄り添って指導する大嶺と、頑張ってシュートを打つ部員の姿を見つめながら独り言を呟く。  俺も大嶺センパイに指導してもらおうか? 1on1も頼めばやらせてくれるだろう。周囲から視線のある日中の合宿なら。 「やーめた……そんなの面白くねーし」  苦々し気に想像を振り払う。弓倉をそんな風にさせたのは、昨日の夕方に交わした大嶺との会話だった。    最初に話しかけてきたのは大嶺だった。 「おい、弓倉。お前は今夜も体育館で練習するのか?」 「もちろんですよ。ドラッグストアで夜食のおやつも買って来たし。あっ、センパイの分もありますよ。心配しないで下さいね、ちゃんと栄養面も考えて用意しましたから」  うきうきと喋る弓倉の眼を真っ直ぐ見て大嶺は告げた。 「俺はもう、夜の体育館には行かないから」 「……はい?」  笑顔を消した疑問に冷静に答える。 「弓倉がひとり集中して練習したいんだったら、俺は居ない方が良いだろう。それに俺も他の部員と同じように、夜はしっかり休むよ」  その場から立ち去ろうと後ろを向いた大嶺の二の腕を、弓倉は強く掴んだ。 「ちょっ、ちょっと待ってください」  声を大きくして訴えたが振り返りもしない。そんな態度を変えたくて、自分自身も落ち着かせるように声を低くして語り掛ける。 「昨日の夜に言いましたよね? 俺はっ……あなたとふたりで練習したいんです」  すっと振り向いた大嶺は、無表情のまま小声で諭す。 「お前が俺と夜にやりたいことは、バスケットボールの練習じゃないだろ」  弓倉は答えに詰まった。ここで「バスケが一番です」なんて言ったら、「じゃああのキスはそのついでか?」となるかもしれない。 「そりゃそうですけど……」  戸惑いから視線を泳がすが、このひとの気持ちが知りたい。 心が決まった弓倉は、大嶺の腕を掴む掌にぎゅっと力を込めた。 「あなたは違うんですか?」  弓倉からの問い掛けに、感情を見せない瞳を向けて大嶺はゆっくりと答える。 「俺とお前がやってたことは……高校生が部活動の夏合宿でやるべきことからは外れてるだろ」  それを聞いた弓倉は、大嶺の腕を掴む手をゆっくりと離した。  弓倉は夜になるとひとり体育館へ向かい、一縷の望みから扉を開けたが、そこは真っ暗で誰も居なかった。    結局、俺は振られたんだよな、あのひとに。 「弓倉! そんな所にずっと座り込んでないで、いい加減ちゃんと練習しろ!」  そう注意してきたのは、同じ二年生の長元(ながもと)だった。 「ん~? 俺の事はほっといてくれ……なんかやる気無くて……」  弓倉は身体を縮めるが、長元はその腕を掴んで揺さぶる。 「お前がやる気無いのは知ってるよ、そんなのいつもの事だろう」  二年生レギュラーは弓倉ひとり。だから部員達は距離を置くが、長元だけはちゃんと弓倉を友人として接している。嫉妬や差別を嫌う純粋で真面目な性格があるのだろう。 「ディフェンスの真似だけでも良いから、俺のシュート練習に付き合え。じゃないとなんで弓倉が合宿に参加してるのか、周りの皆が分かんなくなるぞ」    何故俺がこの合宿に参加してるかって?  それは好きな人との夜を過ごしたかったからだけど。  仕方ない、これからは練習だけを目的とするか。単純にバスケは楽しいし、仲良しの長元も気を使ってくれてるし。  そう諦めた弓倉は、張り切る長元に引っ張られてゆるゆると立ち上がった。

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