合宿五日目の夕方の部活会議。 部員達は皆落ち込んでいた。何故なら今日は聖丈高校との練習試合の日で、そして負けたから。 今日の試合の反省と、明後日にある楷琳高校との試合、それに勝つにはどうするか？ 話し合うものの答えは出ない。 「弓倉をレギュラーから外せばいいんじゃないですか？」 　突然そんな言葉を投げたのは飯野だった。三年生の弓倉と同じPGだ、自分のレギュラー入りを望んでいるのだろう。 「まぁ、主将が弓倉を外さない理由も分かりますけど」 　何言ってんだ、このひと？　弓倉の心は？でいっぱいになった。大嶺先輩が俺をレギュラーから外さない理由とは何だ？ 「でも上に居る人間の変わった性癖……いや、恋愛事情で負け続けてたら。他の部員はどうすりゃいいんだ、って感じだし……」 　飯野は馬鹿にしたような口調で続ける。すると周りの部員達も、気まずそうに俯いたり、口元に手を当ててクスクス笑ったり、それぞれ違うリアクションを見せ始めた。 　疑問が頭を渦巻き、弓倉は何も言えずにいたが。ドンっ、と体育館中に響いた壁を叩く音に今度は驚いた。 「おい、飯野っ！　いつまでも弓倉に嫉妬してんじゃねーよ！　変な噂考える暇があったら、レギュラー取るため練習すりゃいいだろ！」 　弓倉はさらに混乱した。壁に拳を当てて怒鳴っているのは、仲良しの長元だったから。 「あとは主将まで変な噂に巻き込むな！　レギュラー選んでくれなかった、って僻んでんのか？　そんなの当たり前だろ！　PGとしての実力は、飯野より弓倉の方が上なんだから！」　 　いつも礼儀正しい長元が先輩を呼び捨てで叱りつける光景を、部員達は止めることも出来なかった。同じSGとしての実力から、部員達の中でも一番に大嶺を尊敬しているのは長元だったし。 「主将も否定すればいいじゃないですか！　飯野が広めた……あなたと弓倉が恋人同士で……それで、合宿の夜にキスしてた、なんて変な噂話！」 　弓倉は驚いたが、なんだろう、全ての流れが繋がった。 　息を荒げて泣きそうになっている長元に、大嶺はゆっくりと語り掛ける。 「そう言われても、キスしていたのは本当だし」 　怪訝な表情に変わった長元に、さらに大嶺は話を続ける。 「あとは、俺が弓倉を好きなのも本当。だからPGとしての実力だけじゃなく、好きな奴として贔屓してたのかもしれない。好きになったのは最近だけど、本気で好きだから」 　淡々と「好き」を連呼する大嶺に、強張った田畑が不自然に笑い掛ける。 「はっ、はははっ……大嶺が弓倉を好きって……アレだよな？ 後輩として、バスケットマンとして、って意味だよな？」 　恐怖の表情を浮かべる田畑と向き合いながら、大嶺は真っ直ぐ弓倉を指さした。 「もちろんそれもあるけど。弓倉を恋愛対象として見てたのも本当だよ」 　男の後輩への恋愛感情をはっきりと告げた主将に、副主将と部員達は固まった。 　静まった体育館に笑い声が響き始めた。その方向に皆が視線を向けると、大嶺に指差されたままの弓倉が、身体を折り曲げて笑っている。 「アッハハハ……主将も意外とノリが良いんですね～。俺の冗談に付き合ってくれるなんて」 　弓倉は笑い終えたように姿勢を正し、飯野に向かって頭を下げた。 「すいません！　俺、調子乗り過ぎてました」 　そして飯野が反応を見せる前に、また弓倉は喋り始める。 「飯野センパイが見た夜の光景は、ひとり夜の練習してる主将と、ひとりこっそり酒飲んでる俺が偶然鉢合わせた場所で。それでもちろん叱られたけど、俺も結構酔ってて。殴りつける代わりに……主将に無理矢理キスしたんです」 　べらべら言葉を並べながら弓倉は大嶺の元へ近寄ると。同意を求めるように大嶺の肩に手を置いた。 「それ……なんで最初に言わなかったんだ？」 　長元は怪訝そうに尋ねる。 「飯野センパイをからかいたかったんだよ。噂ばら撒かれて頭に来てたし。そしたら主将も俺に乗っかってくれたんだ。もしかして、主将もかなり怒ってたんですか？」 　何も応えない大嶺に笑いかける。 「長元もありがとな、俺と主将の為に怒ってくれて。でも俺の実力は、まだ飯野センパイには及ばないよ」 　お世辞も交えておいた。 「あとは試合中に俺と主将の関係性疑えば、皆さん集中出来なくなる。それで今日は負けたんでしょう。そしたら今度の試合には勝てますよね」 　そう話をまとめた弓倉は首を大きく左右に動かして、戸惑っている部員達ひとりひとりに笑顔を向けた。